第十九話
完全に姿を現したドラゴソードテイルは、尻尾についたままのダンベルを振り払い、どこかへと弾き飛ばした。
この森の木々は頑丈で太く、それらを折るほどの勢いはなかったものの、木にぶつかったダンベルは、その木を大きく揺らした。
薄暗く静かな森に、ドシンッという音が、やけに大きく響き渡る。
「Sランクに足を踏み入れた魔物が、なぜこんな場所に…」
ドラゴソードテイルは、ソードテイルゲッコーを下位種に持つ完全なる竜種である。
魔生物指標は、その魔物の習性を含み評価がなされる。例えば集団性がある魔物は比較的に高い位置に存在する。
しかし、ドラゴソードテイルは基本的に単独行動をとる。
そしてその習性は”この竜”を弱者たらしめる理由にはならない。
圧倒的な個、それがSランクにまで到達する魔物たちの全てに言えることだった。その強大さから他の魔物と行動を共にすることはない。
いや、行動する必要がないのだ。
そしてまた、ドラゴソードテイルにおいてもそれは例外ではない。
30メートル弱という巨体が、その傲慢を許した。また下位種であるソードテイルゲッコーとは違い、その肉体は銀色の鱗で覆われており、当初よりあった弱点を完全に克服している。
さらに両前足がまるで人間の腕のように発達しており、指は四本しかないものの、その手には吸盤の役割を果たす器官が付いている。ドラゴソードテイルは羽のない竜種ではあるが空を移動できない代わりに、壁面などの地面に対して垂直な場所でも移動することが可能だ。
無論、ソードテイルゲッコーの持つ強靭な尻尾も、さらにその鋭利さを増し、さらには伸縮性まで手に入れて昇華させている。
銀色の肢体にやけに大きな漆黒の瞳、その中心にある紡錘形の黄色い瞳孔が、立ち向かおうとする全ての者達から気力を奪うほどに恐ろしい。
今まさに、そんな生命体が謎の男を見つめていた。
そして次の瞬間、一瞬にして再び尻尾が伸び、それが謎の男へと向かっていく。
「あ…死んだ」
男は不意にそうつぶやいていた。一瞬にしてただ目の前にある事実を自覚したのだ。もはや受け入れるしかないと。
だがその死は、彼の目の前から一瞬にして遠ざかった。
その尻尾の動きよりもさらに速く、男の目前に現れた男によって。
ギルロック・ホームズはその斬撃ともいえるドラゴソードテイルの攻撃を、ステッキを形態変化させた黒刀によってそらした。
ギャインッというまるで金属同士がぶつかったかのような音が周囲に鳴り響く。
「直線的な動きは横からの衝撃に弱い、入れる力が軽くとも、このように攻撃をそらすことが可能だ…」
ギルロックはこの局面でも、ここ最近の癖でアイネに教えようとした。
「ご、ごめんなさい!」
アイネはそういうと、今しがた彼が守った男の後頭部を、背後から魔石剣で思いっきり殴った。魔石剣に峰はないが、剣の腹に当たる部分で殴りつけたのだ。
「ガハッ!!??」
まるでアイネに気付いていなかった男は、そのまま気を失ってしまった。
「や…やりましたよ…私。…キャァッ!?」
アイネがそれに達成感を抱いた瞬間、横から何者かに引っ張られ、一瞬にしてその場から移動させられていた。
ギルは口と手を使い、器用にアイネと謎の男を移動させた。
先ほどまでアイネと謎の男がいた位置に、ドラゴソードテイルの尾が振り下ろされており、その場所には深く尻尾がめり込んでいる。
「わ、私…もしかして今死んでましたか?」
アイネは土に深くめり込む尻尾を見て、そうつぶやいた。
「残念ながら、その通りだ」
彼は二人をその場に降ろした。
「悪いがそいつを引きずって茂みにこもっていてくれないか?こいつの相手をするためには、なるべく的が少ない方が助かる」
「わ、分かりました!」
アイネは謎の男の両足を脇に抱え、そのまま男の後頭部を容赦なく地面にこすりつけながら引きずっていった。非力なのかその速度は遅かったが、ギルロックがカバーすることによって何とか敵の攻撃を免れていた。
(ふぅ…無事に下がったか…)
ギルロックが一息つくと、まるでその瞬間を狙ったかのような尻尾の横なぎが迫る。真上にに飛ぶことによってそれを躱した。
しかしそれこそがドラゴソードテイルの狙いであったようで、凄まじい筋力によってギルロックの真下で緊急停止された尻尾が、そのまま彼を追尾するように真上へと飛翔した。
宙にいるというのに、彼はそれを回転するようにして回避した。彼の足にはすでに魔走術が展開されており、空間の全てを地面として掌握している。
その動きを見た瞬間、ドラゴソードテイルは作戦を変更、真横にある木を尻尾により一瞬にして切断、それを吸盤器官を利用して握りしめた。ミシリッ、という音を立てて握った箇所がへこむ。
そしてその木を全力でギルロックへと投擲して見せた。
瞬時に魔力による身体能力強化を充実させ、彼は飛んでくる木を一刀両断する。
だが次の瞬間にはドラゴソードテイルは動き出しており、彼の目前まで迫った。
その発達した腕とも呼べる前足の手を握りしめ、ギルへと真上から思い切り振り下ろした。回避を間に合わせることができず、彼はその一撃を黒刀で受け止める。発達した鱗が邪魔をし、切断することは不可能だった。勢いは一向に衰えず、そのまま彼を地面へと押し戻した。
地面へと足をめり込ませ、彼の周囲に小さなクレーターが出来上がる。
それでも何とかドラゴソードテイルとギルの力は拮抗していた。
完全に彼の動きを固定したと判断したドラゴソードテイルは、拳で圧力をかけ続け、彼の真横から横なぎに尻尾を走らせた。
まさしく絶対絶命であることは、アイネの瞳からも明らかだった。
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