第十八話


「でも、もしも三人が一緒に行動していたとして…これからどうするんですか?」


「とりあえずはその目的を知りたい。仮に俺たちに危険がなかったとしても、不安要素は完全に取り除いておく」


「わ、分かりました」


 アイネは頷いた。


「すでに種は撒いた」


「え?ただ宿屋の受付嬢と話しただけですよね?」


「ダンベル・ドアに伝言を残しただろう?」


「えっと…あの、早い復帰を祈っている…という伝言ですか?」


「その通りだ」


「それを言っておいただけで何か起きるんですか?私だったら普通に休みますけど」


「やましいことをしている人間ってのは、心に負担がかかっているはずだ。ちょっとの刺激でどんどん疑いは大きくなり、やがて行動に移す」


「む、難しいです」


「だ、だからな、俺の役職はギルド調査員だ。もしも彼らが森に害を与える何かをしているとして、それに気づく可能性が一番高いのは俺だ。そんな男がある日急に会いに来て、早い復帰を待っているだなんて意味深なことを言い残したら、ずっと気になるだろう…ってことだ」


 アイネは手のひらに拳を重ねる。


「な、なるほど!」


「わかってくれたならいい。ということで、ダンベル・ドアが何か行動を起こさないか、ここでしばらく見張るぞ」


「は、はい!」


 二人は宿屋の向かいにある細い路地から、異変が起きないか見張ることにした。


 ギルロックが前に立ち、その背後にアイネが立っている。対面の道といっても、ヘキサスにある通常の道は大体が狭い。二人が今いる場所も丁度陰になっており暗い、隠れるには十分だった。道幅もないため、体面の宿屋もしっかりと見渡せる。


 やがて日が傾くほどの時間が経過し、ようやく男が出てきた。


 そう、ダンベル・ドアが。


 ギルロックの予想が正しかったのか、彼は補助なしで歩行しており、足を骨折しているとはとても思えなかった。


(もしかするとしばらく行動できないということを、ギルドに偽装するための作戦でもあったのかもしれないな。誰にも知られることのない、空白の時間が欲しかった可能性がある)


「…追うぞ」


 ギルロックは小声でアイネに声をかけた。


 アイネは立っているのが辛かったのか、地面に座り込んでいた。それでも

すぐに返事をする。


「わかりました」


 二人は暫くダンブル・ドアを追跡した。


 ●


「も、もう随分暗いっていうのに…正気じゃありません」


「俺が精神的に負担をかけたからな。明るいうちに行動すれば俺に悟られると考え、この時間を選んだんだろう」


 時間が経ち、夕日も徐々に沈み、空にはっきりと月が見えるようになっていた。


 そんな時間でありながら、ダンベル・ドアが向かったのは森林地帯だった。


 足取りを見るに怪我をしているのは本当だと思えるが、この行動を鑑みるに普通の思考回路だとは思えない。


 彼が向かった場所に、二人は心当たりがあった。


(…やはり…な)


 ギルロックは心の中でつぶやいた。


 どういう訳か、ダンベルが向かったのは先日二人がチェスの骸を埋葬した場所だった。この場所を知っているのはギルロックかアイネ、それと死傷者の場所も記録しているギルドの関係者だけだ。


 今ダンベルがこの場所に来れたことこそ、チェスが死んでしまった日に、一緒に行動していた可能性が高いという証拠になる。


「クソッ…あいつ遅いな。ここで合流するはずだったろうが。愚図が」


 ダンベルは小さく悪態をついている。夜の森で大きな音を出すのは自殺行為だ。


「す、すみません旦那。遅れやした。夜の森ってのはあんまり歩かないもんで」


 そこに新しく現れた男にも、ギルは見覚えがあった。


(…想定通り、この三人はつながっていたというわけか)


 それはあの日、確かにソードテイルゲッコーに追われていた男だった。


「…普通だったら切り殺してやりたいところだが、それはまぁいい。それよりも、この手紙をしっかりと例の場所に届けてくれ」


「この手紙ですね。分かりました。確実に届けまさぁ」


 男はダンベルから手紙を受け取ると、その場を速やかに去ろうとした。


 しかし、ダンベルはそれを止めた。


「待て、夜の森は危険だ。俺がヘキサスの防壁までは送ってやる。そこからは別行動だが、単独行動はやめておけ」


「す、すいません」


「ふんっ、しっかりとついて来いよ。お前に死なれれば、困るのは俺なんだ」


「わ、わかりました」


 ただその試みは時すでに遅し、魔物の知能が人間の知能を上回った瞬間だった。


 薄暗い森の中で、器用にその図体を隠していたのか、大きな木の裏からそれが突然姿を現した。


 その大きな体躯には似合わず、足音の一切を消して。


「そ…そんな」


 謎の男が小さくそうつぶやいた瞬間、それは起きた。


 巨体の尻尾が一瞬にして伸び、かなり距離があったはずのダンベルの胸を貫いた。その速度は尋常ではなく、弾丸のそれに相当するほどだろう。


「アガッ!?ガフッ…ゴパァッ!!??」


 ダンベルは胸を貫いたそれを見ながら、血を吐き出した。


 ギルロックはその光景を見て小さくつぶやく。


「ソードテイルゲッコーの上位種、ドラゴソードテイル…だと!?」

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