第十七話
ギルロックはまたステッキで地面を数度突くと、話を再開した。
「奴らはギルドが引いた規制の外側で活動している。一般に「禁忌資源」と呼ばれるものがあるのは知っているか?」
「えぇ…と」
アイネは何とも言えない表情をしている。
その様子を見た彼は、説明を再開した。
「肥大化していくギルドという組織を根に、冒険者たちは活動地域を木の枝のように拡大していった。やがて新しい「魔物資源」が各地で次々に発見され始めた。…有益なものから、それこそ危険なものまで」
「その危険なものが?」
「その通りだ。例えば麻薬成分を含むものや、一滴で国を滅ぼせるほどの毒性を持つものまである。無論それらは非常に危険であり、ギルドは流通を国家単位で禁止した。そしてそれらの危険物はリスト化され、「禁忌資源」と呼称されている」
禁忌資源を端的に説明するのであれば、全世界共通の危険物に対する条約のようなものだ。
「な、なるほど」
「とまぁここまで説明すればある程度推測できると思うが、ギルドの活動範囲が「魔物資源」ならば、ロブリー達の活動範囲は「禁忌資源」だ」
アイネはその説明を聞くと、思わず喉を鳴らした。
「そんな…危険な人たちがいるんですね」
「あぁ、俺たちは常に奴らを警戒している。ただどんなに規制をかけようとも、それを欲しがる奴らは確かにいて、今も誰かの手に渡っているのが現状だ」
「そ、そんな危険なものが?だ、大丈夫なんですか?」
「広範囲の毒物が流通したことはないが、麻薬成分を持つものは流通している。例えば芋虫のような魔物の「コカピル」がそれにあたるな」
「なんで…そんな危険物が…」
「さぁな。道楽にしている金持ちや、悪人どもに聞いてくれ」
ギルロックの表情に浮かんでいるのは、確かに怒りだった。
「話を戻すが、なぜ怪我をしている冒険者を訪ねたのか…だったな。理由はある、明確ではないが。…普通魔物の強さが変動していて、魔物を狩ると思うか?」
「そ、そうですよね。もちろん森に行かないことが大前提ですが、もしもどうしてもお金が必要なら、薬草集めとか、魔物の相手をしなくてもいい道を選びます」
「あぁ。普通ならそう考えるはずだ。これは今回受け取ったリストだ」
アイネはギルから依頼に出た冒険者のリストを受け取った。リストには冒険者が負った傷や現状などがしっかりと記載されている。
そのリストには「チェス・トプレス」の名が刻まれていた。何も悪いことはしていないのに、アイネの心には小さな罪悪感があった。
「…少ないですね」
この数日間、リストにはほとんど誰も追加されていない。それは冒険者のほとんどが二人と同じ考えを持っていたからだろう。
その中に新しく追加されている「ダンベル・ドア」の名は、確かに少しだけ違和感がある。
そしてリストを確認するうちに、アイネは先ほどの宿屋での彼と受付の女性の会話に、大きな違和感を覚えた。
「そういえば、どうしてダンベルさんはギルドで治療していなかったんですか?」
無料で傷を治すことができるのであれば、それを利用しないことは余りにも不自然だった。
「例えば、自分が負った傷を隠したかった…なんてどうだ?」
ギルロックはアイネの方を見る。
その視線がヒントであることに気付き、アイネはすぐにリストに視線を戻した。
「骨折…?」
アイネが次に違和感を覚えたのはダンベルが負った傷の内容だった。
「そう。彼は血を多く失っていて、足に包帯を巻き、松葉づえは使用していなかったそうだ」
「なんというか、怪我と治療法がちぐはぐですよね」
「その通りだ。だから俺は受付の女性が目撃した治療法を元に、彼がおった傷は切り傷だと予想している」
「それってもしかして?」
「あぁ。逃げてきた謎の男と同じ、切り傷だ」
「ま、待って下さい。ダンベルさんのギルドランクはBランクですよ?」
いくら何でもソードテイルゲッコーに襲われて怪我をするようなランクではないはずだと、アイネは考えていた。
「初日に会った逃げてきた男がなんて言っていたか覚えているか?」
「えっと…?」
「ここの魔物は今、普通じゃない。あの男はそう言っていた」
アイネは一瞬難しそうな顔をすると、直ぐにまた口を開いた。
「…もしかして、ソードテイルゲッコーが与えた切り傷ではないと?」
「状況証拠だけで全て片付けるのはよくないというだけだ。俺は彼の傷と地帯を照らし合わせ、情報にある通りにソードテイルゲッコーを推測したが、地帯を選ばなければ、ソードテイルゲッコー以外にもあの手の傷を付けられる奴はいる」
「…そんなこじつけみたいな」
「チェス・トプレスの死因も俺は確認しておいた」
「それって…まさか?」
「そうだ。あの冒険者もまた、腹部の切り傷による失血死だ」
ギルロックは暗にチェス・トプレス、ダンベル・ドア、そして逃げて来た男が一緒に行動していたのではないかと、推測していた。
そしてその考えは、寸分たがわずにアイネへと伝わっていた。
沢山の点が徐々に線になっていく感覚を覚え、アイネは思わず無言でギルロックを見返した。
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