第十六話


 ●


「あのギルロックさん、一体どこへ?」


 アイネはただ彼の後について行くも、その目的をまだ聞いていなかった。


 彼は予定通り、ギルド:ルビールにて近日中に依頼に向かった冒険者達のリストを受け取っていた。


「受け取ったリストを元に、少し聞き込みがしたくてな」


「どういうことですか?」


 アイネはキョトンとながらギルロックの方を見つめた。


「俺たちが二日目に見つけた冒険者は、どうも普段は慎重な男だったらしい。だが俺たち調査員が来るような状況の森に、普段慎重な男が来ると思うか?」


「そうですね、普通は来ませんよね」


「あぁ、なんとなく違和感があってな。このまま森に入るのは危険な気がする。一度外堀を埋めてから調査に行こう」


「わ、分かりました」


 普通の人間からすればその違和感は非常に小さなもので、気にしない者がほとんどのはずだが、ギルロックはこうした不安要素を取り除くタイプだった。


 何かあってからでは遅い。その言葉の本当の意味を身に染みて理解しているからだろう。実際長く生き残っている調査員ほど用心深い。


 彼が向かったのは宿屋だった。そこは何の変哲もないただの宿屋でしかないが、ヘキサスで冒険者として少しでも活動していたアイネは、この宿屋の利用客のほとんどが冒険者だと知っていた。


 そのまま宿屋に入ると、受付に声をかけた。


「すみません、ここにダンベル・ドアという冒険者が泊まっていませんか?」


「…申し訳ありませんが利用客のことは」


 受付のもの優し気な女性が、頭を下げた。


「素晴らしい精神ですが、俺はギルド調査員でして、どうしても彼に話を聞きたいのです。何かするわけではないので、話を通してもらえませんか?」


 女性は、彼が名刺代わりに向けた背中の紋章を見て、少しだけ目を見開いた。


「…分かりました。確認してきますので、そこでお待ちください」


 受付の女性は奥にある扉へと入っていった。


 すると彼女は数分もしないうちにこの場所に戻ってきた。


「すみません、ダンベルさんはお話したくはないそうで…」


 彼女は申し訳なさそうにそう言った。


「…そうですか、少しだけ確認したいことがあります」


「はい?」


「彼は今、傷を負っていますね?」


「は、はい。その傷が痛むから話したくないそうです」


「その傷はどんな傷でしたか?」


「包帯をしていたものですから、…どんな傷かまでは」


 女性は少しだけ困った顔をしている。


「どこを怪我していましたか?」


「足…でした」


「どんな処置を?」


「包帯で腿を…」


「松葉づえはついていましたか?」


「いいえ。どうも随分出血をしたみたいで、それを補うような食事を頼まれました」


「そうですか、ありがとうございます」


 ギルロックはステッキを床にトントンとリズミカルに突き、少しの間何かを考えるような素振りをしていた。


 そしてその音は唐突に止まり、彼は再び口を開いた。


「…ギルロック・ホームズが一刻も早い復帰を祈っている、そうダンベル氏に伝えておいてください」


「わかり…ました」


 受付の女性は小首をかしげると、頷いた。


 ギルはその様子を確認すると、宿屋を後にした。


 宿屋から出ると、アイネはすぐに口を開いた。


「す、すみません。どうして…彼を選んだんですか?」


「怪我をしていたからだ」


 アイネもまた、首を傾げる。彼の説明には全ての過程が抜けており、彼自身でもない限りその思考を覗くことはできない。


「あの!私達一蓮托生なんですよね…もっとちゃんと教えてくれませんか?」


 しりすぼみになっていくその声に、ギルはどうするべきかと考えていた。しかしそれも束の間、彼はすぐに口を開いた。


「ギルドには敵対する組織があることを知っているか?」


「その…知りませんでした」


「そうか。入ったばかりでは仕方のないことだから、気にすることはない。魔物の強さの変動に、その組織が関わっているんじゃないかと疑っているんだ」


「ど、どうしてですか?調査中にたった数匹の魔物と戦っただけじゃないですか?」


「問題は戦った魔物じゃない。それまでの過程にある。初日に俺たちが行動していた時、最初に入れ違いになった男がいただろう?」


「切り傷を負っていた人ですね」


「あの日、ギルドへの帰還者に腕を怪我した冒険者はいなかったそうだ」


「ほえ?それってどういうことですか?」


「単純に考えて、彼は冒険者ではない可能性が高い」


「でも、魔法を使っていた可能性は?」


 魔法で治癒してから帰還すれば、それは簡単に成立する。帰ってくる時には傷などないという状況を作るのは、何ら不思議ではない。


「いや、おそらくそれはないだろう。彼の装備は近接用のものだった。魔法の心得はない可能性が高い。仮に外部で治癒師(魔法を医療に役立てる者達)に治療を依頼すれば資金が発生するが、ギルド内部なら無料だ。それに彼の装備を見たが、そこまで裕福だとも思えない。つまりギルドで治癒を受けていない時点で、彼は冒険者ではない可能性が高い」


「で、でも、危ないって警告してくれましたよ?」


「あぁ。確かに敵対する組織の人間ではないのかもしれない。ただこのタイミングで冒険者以外が森にいるのは明らかに不自然だ。…それに、彼の足運びは明らかに戦闘を経験している者のそれだった。不可解な点は森に入る前に切除しておくに限るとは思わないか?」


「そ、それはそうだと思いますが。その…敵対組織って一体?」


ロブリー強奪、俺たちはそう呼んでいる」


「ロブリー…」


 彼女は深刻そうに、そう繰り返した。

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