第十五話(元第二十話)
―調査三日目―
アルバスは机に肘を置き、指を交互に組み合わせ、そこに顎を乗せている。
彼はギルド長室にて、ギルロックと再び対面していた。
「それで…森林側を封鎖したいと?」
深く息を吸うと、それをゆっくりと吐いた。非常に慎重に、今回の事態について考えていることは明らかだ。
区画制限は非常に慎重な判断を必要とする難しい事案だ。冒険者たちの稼ぎを制限することにもつながる。
「魔物の強さの変動、その後の沈静化…一体何が起きているのか。命には代えられん、無論森林側は封鎖しよう」
組み合わせていた手をほどき、そのままソファの背もたれに深く沈みこむ。
「ありがとうございます。他の冒険者がいないほうが、調査も簡単になります」
「…お前自身がおとりになるということか?相変わらず無茶をする」
魔物の群生する森で動く人間は冒険者くらいだ。冒険者のいない森に入れば、そこにいるのは自分だけ、おのずと狙われる対象も自分だけになる。
「こういう時に無茶をするのが、俺たち調査員の仕事ですよ」
「本当に、お前達にはいつも迷惑をかける。こういう時に何もできないことを、私はいつも恨んでいるよ」
「それは…俺も同じでした。だから今は、こうして最前線に立っています。あの日守れなかった全てに…」
責任を取るために。
ギルは続く言葉を飲み込んだ。
彼は机の上に置かれた一枚のギルドカードに視線を向ける。
「犠牲者は彼だけじゃない。他の犠牲者たちの為にも、なるべく早く解決しますよ」
「助かる」
そしてアルバスも机に置かれた一枚のギルドカードを見下ろした。それは森でギルが回収したもので間違いなく、そこには乾燥した血が付着していた。
「チェス・トプレスもまた、優秀だった。ただ彼はこうした時に行動するタイプではないと感じていたが、歳をとってか人を見る目が衰えているのかもな。彼が好戦的な性格だと知っていれば、警告することができたというのに」
「慎重な性格だったんですか?」
ギルロックはふとアルバスへと視線を戻す。
「あぁ。入った当初から単独行動は好まない奴で、いつも複数の冒険者と行動を共にしていた。こんな危険な時に単独行動をとるような奴ではないと思っていた」
(そういえば、森から一人冒険者が逃げてきていたな。ソードテイルゲッコーに襲われていた男は、もしかすると彼の仲間だったのか)
「単独行動ではないのでは?」
「なぜだ?」
「森で冒険者とすれ違いました。名前は聞きませんでしたが、腕に切り傷を負って逃げかえってきた冒険者がいたはずです」
「いや、この一件以来死傷者が出たら記録しているが、腕に切り傷っていうのは聞いていないな」
「…なるほど」
ギルロックは顎に手を当て、何かを考えている。しかしアルバスの目からは、その思考の一端すら覗くことはできない。
「もしかすると、もう少しだけアプローチを変えた方がいいのかもしれません。ただ魔物を調査しているだけでは…根本的にこの一件は解決しないのかも」
「それはつまり…奴らが一枚噛んでいる可能性があるとか?」
「さぁ、これだけの情報でそう結びつけるのは早計な気もしますが、一昨日から昨日にかけて、依頼の為に森に向かった冒険者のリストを頂いても?」
「無論だ。すぐに用意する。ただ資料はこの部屋にはなくてな、受付で受け取れるようにするから、五分後にまた受付に話しかけてくれ」
「分かりました」
「…奴らが絡んでいるなら、いっそう気を付けろよ?」
「俺にとって、警戒は日常です。普段から最大限の警戒をしているので、今から何か変えることはないですよ」
そういうとギルはソファ横に立てかけてあるステッキを持ち、立ち上がった。
彼の素直ではない態度は相変わらずだが、実際彼の不意を突ける者は非常に少ないだろう。彼の言っていることは、事実でしかないのだから。
「進展があればまた報告します」
「あぁ、…厄介なことにならないことを祈っている」
「それは俺もです」
ギルロックはギルド長室を後にした。
広間へと戻るための通路を歩く際、森ですれ違いになった例の男について深く考えていた。彼は一体何者なのかと。
しかし短い通路であるため、その思考はすぐに終わった。
酒場兼広間にはアイネが待機している。
ふと彼が広間にいるはずの彼女へと視線を向けると、意外にも冒険者と会話をしていた。もしかすると調査補助員という珍しい役職についた為、注目されているのかもしれない。
話している相手も全くの他人という訳ではなかったので、彼はすぐに合流した。
「どうも、アブドさん」
「お!調査員の兄ちゃん、帰ってきていたんだな!今この嬢ちゃんから聞いたよ!」
「そうですか」
「どうだ?よければまた一杯おごるが?」
「それはありがたい申し出ですが、今日はまだこれから少し仕事をしなければならないので、遠慮しておきます」
「そうかい、そいつは残念だ!まっ、また日を改めるよ!」
「ありがとうございます」
ギルロックは軽く頭を下げ、礼を言った。
「じゃ!またな!」
そしてアブドも去っていく。相変らずの豪快さであり、今日も体毛を周囲に見せびらかしていた。
あれほど気の良く豪快な男がいる限り、アルバスの跡継ぎは意外にも簡単に見つかるのかもしれないと、ギルロックは感じていた。
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