第十四話
そして少しだけ上を見上げる。小さな足音でも、彼は的確にその方向を理解することができる。
木の上に一体の魔物が潜んでいた。その魔物は指標ではCランクに位置する魔物であり、その名も「ノットネット」。蜘蛛のような形をした虫種の魔物だ。体長はおよそ二メートルほど。
最も特徴として有名なのが、蜘蛛の巣を張らないこと。ノットネットは地上を素早く移動し、動物のように狩りをする。そのため通常のクモよりもさらに足が発達しており、その危険性は言うまでもない。
指標においてCランクに位置する理由は、足を一本でも欠損するとまともに歩けなくなり、戦闘力が大幅に下がるからだ。また他のクモ類の魔物とは違い、糸も使用できない。
(…間違いなく一体じゃない。他は様子を見るために隠れているのか)
彼がそんなことを考えた一瞬、背後から別のノットネットが飛びかかってきた。どのクモ類の魔物にも言えることだが、足音を消すの非常に上手い。
しかし今回の場合、ギルロックはその音を正確に聞き分けていたが。
(木の上はおとりか)
魔物を相手にする際、敵が複数であることは当たり前だ。単独行動をしている魔物が指標では力量よりも少し下に位置するのはそのためだ。
敵が複数であることは想定済みだった為、その対応も速い。
「ノットネットと戦う時に狙うのは主に足だ」
彼は身一つ分魔物から体をそらし、その突進を避ける。そしてそのすれ違いざまに足を数本黒刀で斬り落とした。
半身の足を何本か失ったノットネットは、死んだわけではないが地面から動かない。いや、動けないのだ。
木の上からギルロックを見下ろしていたノットネットは、仲間が倒されるとすぐに彼へと飛びかかった。
「足を奪えば戦闘力を大幅に削ることができるのはもちろんのこと、虫種の魔物は火に弱いものが多い。こいつらもそれは同じだ」
剣先から小さな魔法陣が展開され、そこから火球が飛んでいく。大きさは三十センチほどだが、それがノットネットに直撃すると、爆発して燃え広がる。
一瞬にしてノットネットは焼け焦げた。
「俺たちは冒険者じゃない。魔物資源を換金する必要もないから、敵の状態に気を使うことなく、全力でぶっ放していい。未知の魔物にだけは気を使う必要があるが」
彼が一瞬にして二体を無力化したため、周囲にはまだ複数の気配があったが、それらは塵尻に離れていった。
安全を確保し、ギルロックはノットネットたちの死骸を眺める。
相変わらずの手際に感動を覚えつつも、アイネはギルロックの側に寄った。
「どうかしたんですか?」
「…これは君に預けておこう。頭に入れておいてくれ」
そういうと彼はアイネに分布図を預けた。
「こいつらじゃない」
「えっと、何がですか?」
「この冒険者の命を奪うのに、こいつらじゃ役不足だ」
墓穴を掘り終えたギルロックはそこに冒険者を埋葬した。
「それにこの死体は比較的に新しいが、捕食されていなかった。つまり捕食目的ではなく、魔物が人間を殺しているということになる」
「無作為に人間を殺す魔物…ということですか?」
「いや、恐らくは違う。何か目的があって人間を殺しているはずだ。魔物は確かに凶暴だが、あえて人間だけを狙って殺すことはほとんどない」
アイネはここまでの道中に魔物の死骸がなかったことを思いだす。どの世界でも共通のルールだが、世の中は弱肉強食だ。あえて人間だけを捕食する魔物などおらず、魔物同士でも当然食い合うことはある。
そういった痕跡がこの道中で一切見られなかったのは、非常に珍しいことだ。この森の魔物が沈静化している証拠でもある。
しかしここに冒険者の死体はあった。
あえて人間を狙う魔物がいる。
それも捕食目的ではなく、人を殺す魔物が。
「…これは森林地帯にはしばらく冒険者は立ち入り禁止だな。荒地地帯だけでも十分に稼ぎになるだろう」
「危険…だからですか?」
「その通りだ。一度ギルドに戻ろう。手紙でもいいが、いくつか直接話したいこともできた」
「わ、分かりました」
二人は一度森を出て、ヘキサスへと帰還した。
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