第十三話

―調査二日目―


 二人は焚火の側で一夜を過ごした。


 昨日は衣服を乾かすのにほとんどの時間を消費していた。


 こうして野宿をした翌朝も、彼のやることは変わらない。


 川で口をゆすぎ、顔を一度洗うと、そのまま火を起こし湯を作る。それが終わればパックでコーヒーを淹れ、それを木に登って飲む。


 この森の木々はとても背が高い為、上まで登れば遠くまで見渡すことができる。アイネがいることもあり、普段よりも警戒心を高め、注意深く観察する。


「異常なし」


(想像よりも森の魔物が騒がしくない。昨日のソードテイルゲッコーはすでに冒険者と出会っている状態だったからか…。森は想像以上に静かだ…まるで何かから隠れているかのように)


「ギルロックさん?」


 ギルロックが視線を降ろすと、木の下でアイネが彼を探しているところだった。彼はその様子を見て木から歩いて降りる。


 木の側面をまるで地面と同じように歩くその様は異常だ。これは彼の得意とする魔走術の応用でもあり、彼の魔力が干渉できる限り、彼にとってはあらゆる場所は地面に等しい。仮にそれが空中でも。


「うわッ…魔物かと思いました」


 まるでゴキブリでも目撃したかのような反応をすると、アイネは彼が降りてくるのを待った。


「昨日のスープを温めなおしておいた。朝食に飲むといい」


 昨夜の夜食はソードテイルゲッコーのスープだ。養殖されている動植物を超えるほどのおいしさはないが、身質は鳥に近く、比較的食べやすい魔物だ。


 サイズ的に二人で全てを完食することは不可能であるため、それ以外の部位はオウルが処分(完食)した。


 朝食や準備も終え、二人は森を歩き始める。


 川を渡り、その奥へと。


「分布図ではこの奥から死傷者がぐっと増えている。油断しないほうがいい」


 そういう彼は普段町を歩くのと変わらない様子で、地面にステッキを突きながら歩ている。警戒している様子はない。


 五分程歩いた後、不意に地面を見た。


「…これは…血だな」


 アイネもすぐにギルの横まで向かい、彼の視線の先を見る。


「これは?なんの血なんですか?」


 ギルはその場でしゃがむと、おもむろにその血液をなめた。


「え!?」


 アイネは若干引いていた。


「そのうち君にもやってもらうことになるぞ?」


 そんな様子に気付いてか、わざとらしくギルロックはそう口にした。


 彼女は無言で口の開閉を繰り返している。


「それはさておき、これは人間の血だな。まだ新しい」


「えッ!!!???」


 アイネの驚愕の一切を無視して、ギルロックは話し続ける。


「この人物がまだ生きていれば、何か聞けるかもしれない。どちらにせよ埋める必要もあるし、探すことになるがな」


「う…埋める…?」


 アイネはびくつきながら、そのまま歩き始める彼の後に続く。


 そして次第に彼女はある違和感に気付いた。


「そ…そういえば…魔物にほとんど会いませんね…」


「いい着眼点だ。今朝周囲を確認した時、そしてこの森に入った時、俺たちが会ったのは冒険者を追っていたソードテイルゲッコーだけ。この森には何度か来たことがあるが、ありえないことだ」


「それって一体?」


「さぁな、今の所は何とも言えない。なんの手がかりもない。今追っている血痕が何かを知っていることを祈るだけだ」


 彼が今道標にしているのは、地面に点々と残る血痕だ。魔物の気配がなく、それくらいしか手がかりがないというのが現状だ。


 数十分ほどその血痕を辿り、その先にあったものを二人は眺める。


「…残念ながら死体だな」


 アイネはその光景をただ眺めていた。もはや口を開くことのなくなった骸が、ただ虚空を見つめている。

 

 そんな中、彼は冷静に骸へ近づくと、開いた骸の瞳を閉じた。そしてその骸の前で膝をつき、しばらく目を閉じた。


「助けられなくてすまなかった」


 そういうと今度は死体の懐をあさり始める。


「え?よくないですよ…そんなこと」


「いや、これを探していたんだ」


 彼が骸から取り出したのは、ギルドに登録すると与えらえれるギルドカードだった。ギルドカードは身分証明証としての役割も果たすことが可能で、今となっては口を利くことのできない骸の代わりに、色々な情報を教えてくれる。


 彼はギルドカードを少し見た後に、口を開いた。


「…想像よりも厄介な状況かもな」


「ど、どういうことですか?」


 ギルロックはアイネに、今見ていた骸のギルドカードを見せる。彼女もギルロックが何を言わんとしているか、直ぐに理解した。


 冒険者はBランクだった。つまりBランクの冒険者がこうして命を落とすような魔物が、すぐそばにいる可能性がある。


 アイネの瞳から見ても、その骸はまだ新しかった。


「に、逃げた方がいいんじゃ?」


「ギルド調査員にはある暗黙のルールがあってな」


 アイネは悲しみと寂しさを同時に背負ったかのような彼の背中を見つめた。


「それは先に待ち受ける脅威がどんなに強大でも、必ず情報を得ることだ。彼を弔うためにも、手ぶらで帰るわけにはいかない。これ以上犠牲が出れば、それは俺たち調査員が殺したのも同然だ」


「でも…自分が…犠牲になるかもしれないじゃないですか」


「そしたらまた次が来るさ。俺たちは、ずっとそうやって誰かを救ってきた」


 普段から握っているステッキを軽く一振りすると、その形態はスコップへと変わっていた。彼はおもむろにそれで地面を掘り始める。


 アイネはそれが墓穴であることをすぐに理解した。


「そ、そんな悠長に掘っていても大丈夫なんですか?ま、魔法ですぐに掘って、周囲を警戒したほうがいいんじゃ?」


「そういうなよ…。彼へのせめてもの礼儀だ。それに、これは俺の流儀でもある。命には真摯に向き合いたいんだ」


「ででで…でも…」


 彼女の耳には確かに聞こえ始めていた。明らかに一体ではない、複数の何かの足音が。その音はどこか不気味で、カサカサといった感じだった。


 するとギルロックは小さく悪態をついた。


「チッ、無粋な奴らだ。いや、彼らにとっては食事であるこの冒険者を埋葬しようとしている俺もまた、無粋なのかもな」


 ギルロックはステッキを一振りし、その形態を黒刀へと変えた。

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