第十二話
「…Fランクとは聞いたが、今まではどうやって戦闘を?」
「戦闘はあまりしていません。ほとんどが薬草集めとか…」
(セオリー通りか。最近冒険者になったばかりなのかもな。ソードテイルゲッコーに対してあの反応…そういうことだったのか)
薬草集めは登録当初の冒険者が全員通る道であり、彼女もそうしてお金を稼いでいたのだろう。
「そうか」
「あの、私…やっぱり戻されてしまうんでしょうか?」
そういうと、アイネはまた悲しそうな顔をした。
「…いや、まぁいいさ。危険なことに変わりはないが、付いて来るという意思があるなら戻る必要はない。君からやめたいというのなら、それを止める気もないがな」
(それに、俺たち調査員が無理をしない為に作られた制度なら、彼女ほど存在意義に適した者はいないだろう。この状況じゃ無理はできない)
「ありがとうございます」
「ただ、一緒に来るなら俺たちは一連托生の関係になる。君には強くなってもらわらないと困る。…そうだな、その枝を貸してくれ」
ギルが手を伸ばしてアイネから枝を受け取る。それは先ほどくぼみが付けられた方の枝だった。
「魔法についてはどうやって勉強しているんだ?」
「本を一冊だけ持ってます」
「見せてくれるか?」
「はい。これです」
アイネは手のひらに収まる程度のサイズの魔導書を、持ってきていたウエストポーチから取り出した。厚みは五センチほどもあり、相当なページ数がある。
革生地でできた、非常に良いものだ。ただしところどころ痛んでいる。
(…妙な年季が入っているな。前に誰かが使っていたのか)
ギルは早速それを片手で器用にめくる。
「…いい本だ」
そうつぶやくと、とあるページを開いたまま、ギルは彼女に魔導書を返した。
「それは初心者でも使える魔法だ。炎を起こすだけの単純なものだからな」
ギルはそういうと、片手に持つ枝に視線を戻した。
「炎よ」
それだけを小さくつぶやくと、そこに炎がともった。それを先ほどアイネが組んだ焚火の中に突っ込む。組み方が良かったのか、火は順調に燃えうつった。
「今のは手本だ。やってみてくれ」
アイネはその光景を真剣に眺めていた。魔導に対する姿勢はかなりいい。魔導士になりたいというのは、本心からなのだろう。
魔導書を穴が開くほど見た後に、手に持った枝に視線を移した。
「いきます!炎よ!」
枝は何も反応しない。そんな彼女の様子をみて、ギルロックは口を開いた。
「…俺たちの体内には常に魔力が巡っている。それを自身のコントロール下に置くんだ。それには焦らずに集中することが重要だ」
彼はそういうと、突然口で右手の手袋をとった。
アイネはその手を見て目を見開く。
「義手…だったんですか?」
「まぁな。この仕事をする前の話だが…それはまぁいい」
彼は右手を見やすいように少しだけ前に出すと、指を順番に一本ずつ滑らかに動かし始める。黒い義手が火の光を反射しつつ、まるで踊っているかのようだ。
「ぎ、義手ってこんな動きが可能なんですか?まるで…本物の手みたい」
「ここまで動かせるようになるのには、随分苦労した」
「どうやって?」
「魔力だ。この義手は伝導率が非常に高い素材でできていて、俺の魔力を常に中に巡らせている。つまり通常の手を動かす、神経や筋肉の代わりを、魔力が補っているわけだ」
「ま、魔力にそんな可能性が?」
「あぁ。失った腕をこうして再現することすらできる。火を起こすくらい簡単なことだと思えないか?大事なのは集中し、イメージすることだ。火を起こす現象をイメージするのではなく、それが可能であり、当たり前であるとイメージするんだ」
「魔法で火を起こすのが…当り前…」
アイネはそういうと、今度は枝を見るのではなく、目を閉じた。すると見る見るうちに彼女の意識が沈んでいく。水面から深海へと、集中の領域を深めていく。
その圧倒的な集中力は、はたから見ても明らかであり、その様子を見たギルは静かに口角を上げた。
(そうか…これは…想像以上だ)
ギルがそこに感じたのは、確かな才能だった。
手にぬくもりを感じたアイネが、ゆっくりと目を開くと
「で、出来ました!初めてです!魔法が使えたの!」
アイネはギルの横で嬉しそうにはしゃいでいる。そうして火のついた枝を、焚火へと投げ込んだ。
彼女は暫くその焚火を眺めていた。すると不意に口を開いた。
「…右手が義手で…左手がその…不便じゃないんですか?」
右手が義手に、左手がアームホルダーに入っており、もしかすると両腕が不能である可能性すらある。
彼女がそこに不安を感じるのは無理もなく、それは同時に心配でもあった。
「左手は動く。別に動かないから固定しているわけじゃない。色々あってこうしているだけで…まぁ心配は不要だ」
ギルロックは外していた手袋を再び付けた。
「それに…普通の手よりも義手の方が便利な時もある。この義手だけは人体の限界に左右されないんだ」
ギルはそういうと、手首から先を360度一回転させた。関節の駆動限界すらないことを彼女の目の前で証明する。
「な、なるほど」
「元々魔力を扱うのは得意だったし…な」
彼はそういうと、手元にある枝を一本また焚火にくべた。
「私も…ギルロックさんみたいに、強くなれますかね?」
「…さぁな。俺は未来が見える訳じゃない。ただ…魔法の才能はあるかもな」
そういって少しだけ笑うと、彼はまた焚火に枝を投げ込んだ。
いつの間にか日が落ち、焚火だけがやけに明るい。そして小さな火の粉たちは夜空の星に成り代わるように、真っ暗な空へと静かに溶け込んでいった。
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