第十一話
川へと移動すると、ギルロックは木に寄りかかるように座った。
アイネに関しては、諸事情で川で色々洗浄している。
川幅はおよそ十メートルはあり、森にある川としては広い。
二人は水深が浅い場所を選んできた。なまじ水深があると、そこに魔物が潜んでいる可能性が高いため危険だ。
浅い場所だからか、岩がゴツゴツと水面から頭を出している。
冒険者たちもよく休息に使う場所だが、魔物の強さが変動している影響からか、森を歩く冒険者そのものが少ない。
少なくとも二人が立ち寄った地点に、冒険者はいなかった。
ギルとアイネの間には木があり、お互いが見えない状況だ。彼女のような状況は新米冒険者には珍しくない。特に女性ともなると、覚悟の大きさと魔物の大きさが釣り合わないことは日常茶飯事だ。
彼は携帯している最低限の荷物から分布図を取り出した。制服である外套の内ポケットに入れるだけという荒業だが。
(被害が多い場所はもう少しだけ奥か…)
「あの…」
ギルが現状を確認していると、背後から声をかけられた。
「どうしたんだ?」
嫌な予感がしたギルは、一応彼女から目線をそらしたままだ。
「あの…着るものが無くて」
「なるほど」
ギルは納得すると、早速首に下げた「例の笛」を吹く。その笛は銀色の小さな笛で、羽を閉じた梟を象っている。
するとすぐに川の水面から頭を出した岩へと、巨大梟:「オウル」が着地した。
純白かつ美しい毛並みを持つ、非常に稀有な巨大梟だった。およそ五メートルほどのサイズがあり、羽を広げれば優に十メートルを超える。
この魔物の正式名称は「オルブーオ」。その希少さから、冒険者として生涯を過ごそうとも、一度でも見ることが出来れば奇跡だと言われている。
別段契約を結んだ召喚獣や使い魔という訳ではなく、ギルとは友人関係だ。
荷物を運ぶために、黒い革製の大きなカバンをその背中に背負っている。鞍と一体化したオーダーメイドの逸品だ。
ギルロックは非常に微かな音からオウルがどこに着地したのか悟った。
荷物を取るにはオウルの元へと行かなくてはならないが、アイネの声がした位置から察するに、彼女という名の道中には最大の障害物がある。
「オウル、悪いがこっちに来てくれ」
「ホー」
オウルは水面を眺め、動こうとしない。体からすれば狭い岩の上で、器用にピョンピョンとはねながら、水面に映る自分を楽しんでいる。
「あの、オウル君首を振ってます」
「…そうか。着替えを取りに向かうから、どこかに隠れられるか?」
「あぁ、なるほど。それなら大丈夫ですよ。ちゃんとローブで隠してますから」
アイネはようやくギルが気にしていることを理解した。
「…それならいいんだが」
彼は立ち上がり、オウルの元へと向かった。
しかし一歩目でその足を止め、思わず手で目をふさいだ。
「どうしたんですか?」
ギルが想定していた声の位置通り、直ぐ目の前にいる彼女から心配そうな声をかけられる。どうかしたのかと聞かれれば、彼女そのものが問題であるため、なんとも答え辛い。
(馬鹿な…何が大丈夫だったんだ?常識も魔物の知識と一緒で持ってないのか?)
確かにローブを着ているが、下を履いていないという非常に特殊な状況だった。そもそも彼女のローブの丈はそこまで長くはない。隠すべき箇所は隠しているが、それが逆にいやらしさを増長していた。
「目に…ゴミが入ってな」
それを口に出した結果、変態として認定される可能性を危惧したギルは、正直に告白するという手段ではなく、何も見ていないことにするという手段をとった。
彼女の隣をすぐに通り過ぎる。
「だ、大丈夫ですか?」
「問題ない。そこで待っていてくれないか?」
ギルは彼女に背を向けながらそう答えた。
「わ…分かりました」
彼女はしょんぼりとしながら立ち止まった。
ギルは声色でその反応に気付いていた。
(どうするのが正解なんだ。…クソッ、魔物の知識以外も学んでおくべきだったな)
水面から顔を出す岩を飛び移りつつ、直ぐにオウルの元へとたどり着いた。そして無事荷物を取り出す。
そのまま彼女の方へと戻れば、また刺激的な光景を目撃してしまう為、彼は何とか目をそらしつつ移動しながら彼女の元へと戻った。
そして必要だと思われる着替えを握りしめ、それを彼女の方へと差し出す。
するとアイネはごにょごにょと何かを口にしたが、あいにく全力で注意をそらしていたギルにはその声は届かなった。
「そ…それを強く握りしめるのは…困りますよ…」
アイネはギルには聞こえないほどの小さな声でそういうと、ひったくるように彼から着替えを受け取った。
着替えが受け取られると、彼はすぐに川の方へと向き直った。
「お手間をかけてすみませんでした」
彼女は遠慮がちにそういった。
「いや、気にすることはない」
「さっきの服を乾かしたいので、火を起こしてもいいですか?」
「わかった。かなり歩いたしな、ついでに休憩にしよう」
森に入ってからすでに半日が経過していた。
ギルから許可を得ると、アイネはすぐに薪を集め、それを火が付きやすいように積んだ。彼はそんな彼女の手慣れた手つきに感心し、見守ることに徹した。
全ての下準備を終えると、アイネはギルの隣に座った。
いよいよ火をつけるのかと思えば、彼女は細身の枝を手に持ち、それに小さなくぼみを作った。そこからさらに別の枝を持ち、その先端を先ほど作ったもう片方の枝のくぼみへと付ける。
そんな彼女の素振りを見たギルは、見守ることを止めて口を開いた。
「…何をしているんだ?」
「え?さっきも言ったじゃないですか、火を起こすんですよ」
「いや、…それは聞いていたが、その手段がよくわからなくてな」
「意外ですね。じゃぁ簡単に説明すると、さっき作ったこのくぼみに木の先端を合わせて回転させると、摩擦熱が生じて木同士の摩擦で生まれた粉状の木片に…」
彼女は先ほど下準備をした二本の木を持ち、それをギルに見せながら分かりやすく説明し始める。しかしその説明はギルによって中断された。
「違う。そうじゃない。そうじゃないんだ…」
ギルは脳内に浮かんだ嫌な予感を振り払いながら話す。
「なぜ魔法を使って火を起こさないんだ?」
彼女はギルのその言葉に、「ほえ?」といった声が出ていそうなほど予想外なことを言われたような表情で見返す。
「魔法…ですか?私、使えませんよ?」
予想通りの返答に、ギルはアイネについてようやく理解した。
彼女の魔法使いになりたいという言葉に、脳内で勝手に「立派な」という前置詞を付けていたギルは、考えの全てを振り出しに戻した。
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