第九話
「…これがいいな」
「こちら…ですか?」
店員が戸惑いつつ聞き返す。ギルが選んだものは薄く平たい剣で、しかし剣自体の横幅は通常よりもかなり広い。剣の腹に当たる部分にいくつかの魔石がはめてある変わった武器だった。横幅20センチ、長さ五十センチといったところだろうか。
一番近いものでいえば、少し長めの中華包丁で、柄が中心に位置する仕様だ。
「魔剣」とはまた別であり、「魔石剣」と名付けられた変わった品だった。
仕組みとしては単純で、魔石のついた杖と同じく、その力によって魔法を補助するものとなっている。そしてその見た目の通り、剣の役割も果たす業物だ。
「持ってみても?」
「か、かしこまりました」
店員はそういうとガラスケースのカギを開け、”魔石剣”を取り出した。そしてそれをギルへと渡す。
彼はステッキを一度ベルトに刺し、剣を受け取って品物を確認した。
「…材質は…魔軽鉄か…なるほど。伝導率も高い…なおかつ軽い」
「えっと…」
明らかに魔導士には似合わないそれを持つギルを見て、アイネがまた何かを言おうとしている。
「持ってみてくれ」
「えっと…はい」
先ほどのやり取りもあり、もはや抵抗は無駄だと悟ったアイネは、素直にその”魔石剣”を手に持った。
「す、凄いです!か、軽い!とっても!」
見た目とは反対にだいぶ軽いそれを持って、興奮気味に眺めている。
「どうだ?扱えそうか?」
「これなら大丈夫そうです。でも…魔法使いになりたいのに…どうして杖ではないんですか?」
「君は補助員だが、調査員として付いて来るのなら一長一短だと後々困る。状況に応じた行動をとることが必要になる。それは例えば魔法であったり、剣術であったり、大事なのは戦闘力じゃない、対応力と、応用力だ」
「つまり…魔法だけじゃダメってことですか?」
「その通りだ」
ギルはアイネに返答すると、視線をすぐに店員に戻した。
「ではこれらを」
「か、かしこまりました」
どちらの品も非常に高額であり、店員は驚きを隠せずにいる。恐らくはアランドロン・ドレイクの品だけで一月分の売り上げに届いている可能性すらある。
「それと、領収書を発行してギルド本部に送りつけて下さい。俺が署名すれば問題なく送金されると思うので、ご安心を」
「か、かしこまりました」
店員はギルロックへと深いお辞儀をした。
(…俺を罠に嵌めたんだ。これくらいの痛い目は見てもらおう)
彼には珍しく、満面の笑みだった。
会計というよりも署名を終え、二人は「よろず」を後にした。
買い物を終えると、流石に時刻は遅くなっており、宿舎に向かった。
ギルロックは当然のこと、彼女も同様にこの国に家がないようで、冒険者で食いつなぎつつ、安宿に泊まっていたようだ。
今回は資金力のあるギルがともにいるが、別段高い宿に泊まるわけではない。
ギルドが存在する村や町には必ず調査員専用の宿舎が存在し、彼はそこを利用する。最低限の設備は揃えており、料金もかからないのが、それだけが理由ではない。
彼は豪快な買い物の割には、こうした摂生に思えるような行為を続けている。しかし彼は「序列持ち」というだけあって資金は潤沢だ。
その理由はとても単純で、ベッドで眠りにつくよりも、外で眠りにつく方が遥かに多い彼にとって、高い宿屋とは特別な存在ではなかった。
ようは寝れればどこでもいいのだ。
調査員用の宿舎は二階建ての簡素な建物だ。二階が宿泊用、一階が食事用となっている。
アイネも調査補助員になったことで、宿舎に泊まることができた。
結果的に二人はその日はもう何もせず、眠りにつくこととなった。
翌朝、ギルは目を覚ますといつも通り一杯のコーヒーをたしなむ。
そして窓辺から景色を確認した。
朝のルーティーンの全てと、出かける支度を済ませて一階へと降りる。
食事の香りが漂う一階へとつくと、そこにはすでにアイネが待っていた。席につき、彼が来るのを待っていたようだ。
「おはよう」
ギルは彼女の正面に座った。
「お、おはようございます!」
するとそんな彼とは対照的に、彼女は立ち上がった。
「あの…早速着てみたんですけど…どうですか?」
藍色のローブを着て、彼女はその場でくるりと一回転した。ローブは腰の少し下くらいまでしかなく、フードが付いている。
下には黒い膝くらいまでのスパッツのようなものをはいているだけだ。
ギルはそんな彼女をボーっと興味なさげに眺める。
「あぁ…まぁまぁだな」
そういって宿舎が用意してくれた朝食を口に運んだ。
アイネは少しだけしょぼんとすると、そのまま椅子に座ってうつむいた。
「沢山食べておいた方がいい。今日から早速調査に向かうぞ?すでにルビールから仕事を預かっているからな。おちおちしていられない。数日間の野宿は覚悟してくれ」
「わ、分かりました」
彼女はそういうと、スプーンで朝食を口に運ぶ。スープにパンという、非常にシンプルなものだ。
明らかに彼女の動きは重く、気持ちに影響されているようだった。
そんな彼女の様子を見て、ギルは仕方なくもう一度言いなおした。
「…似合っている。…その装備に見合うように、精進するんだな」
照れ臭そうにそういうと、パンを一口分くわえて噛みちぎった。
彼は興味なさげにではなく、ボーっと「見とれていた」だけだったらしい。
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