第八話


「それではご案内いたします」


 店員は二人を先導して歩き始める。どうも魔法使い専用の装備は一階ではなく、二階にあるらしかった。


 店員は優雅な素振りを保ちつつ、そのまま前進を続け、やがては止まった。


「こちらが当店でも最高級の防具エリアになります。ここ最近女魔導士の方々に人気がありますデザイナブルなコーナーもございますがいかがなさいますか?」


 店員が丁寧に右手で指し示す先には、複数のローブが並べてある。ローブは全てマネキンに着せられ、丁寧に陳列されており、マネキンの真下には魔法陣が展開されている。盗難を防ぐために防御魔法を展開し続ける、よくある手法だ。


 このような設備も、魔石といった魔物資源で賄われており、ギルドの発展によるところが大きい。無論、武具、防具もそうした恩恵を受けているため、資源の元になった魔物の特性を持つ装備が陳列されていた。


 ギルロックは先ほどの店員の案内に、少し間を開けてから返事をした。


「いいえ、性能重視で買いたいので、それは結構です」


「お客様、ここ最近はデザイン重視でも性能は損なわれませんよ?」


「今目の前にある装備よりもですか?」


「さ、流石に最高級品ほどには…」


 店員はセールストークをなるべく振ってくるが、それは無理もない。ギルを含むギルド調査員の全ては危険に見合った収入を得ている。一回でドカンと稼ぐ冒険者とは違い、安定した高収入を得続けることが可能だ。


 なおかつ高収入の高ランク冒険者たちとは違い、制服を身にまとっているので見分けがつきやすく、こうしたセールスの標的になり放題だ。


 ギルはそんな店員の紹介をかわしつつ、一つの品物に注目した。


(なかなかの品だ…これは)


 その品物事態に見覚えがあったわけではないが、元になった魔物には見覚えがあり、それから生まれる装備の素晴らしさも知っていた。


「流石は調査員の方ですね。お目が高い。そちらの品はかの名工:アランドロン・ドレイク様が作り出した傑作でして、世界に一つしかございません」


 アランドロン・ドレイクは戦闘を生業とする者にはあまりに有名だ。どこに住んでいるのかも一切不明であり、彼が制作した装備は全て使役する魔物が配達している。


 彼の超常たる技術の全ては、造形美ではなく性能の一点につぎ込まれ、他の装備を逸脱する性能を実現している。


 しかし彼の装備を持っていることはステータスにならない。それは彼の装備が何の著名もなく、目印もなく、主張もないからだ。


 見た目は普通の装備にしか見えず、よほどの慧眼では無ければ着ていても誰も分からないのが、むしろ一つの特徴になっている。


 よくコピー品が出回り、そのたびに世界を賑わすが、どうも今回は本物のようだった。ギルは彼の装備だと判断することができるため、間違いない。


(まさか本物がこんなところに出回っているとはな。冒険者たちに買われていないのは、ルビールの冒険者たちの収入に見合っていないから…か)


「これを貰おう」


「お、お客様、本当ですか?」


 店員は目を見開いている。プレートの値段表記には驚くほどのゼロが並んでおり、この世界でもごく少数しか買えないような品だった。


「ちょちょちょ…ぎ、ギルロックさん!しょ、正気ですか!?わ、わ、私、無理です!ここ、こんな装備を着たら…失神します!」


 アイネは思わずギルの袖を掴み、その判断を止めようとする。


「なるべくダメージを軽減するためにこの装備を買うのに、なぜ装備を着たら失神するんだ?」


 ギルは大まじめな顔でアイネを見返した。


「い、いいえ。さ、流石に、例えみたいなものですけど…」


「なら問題ないな」


「ありがとうございます」


 店員がお礼を言って深い御辞儀をし、もはや止めることができないと悟ったアイネは、考えるのをやめた。


 するとそんな彼女はさておき、ギルは店員の方を見た。


「彼が作った武器はありますか?」


「いいえ、アランドロン・ドレイク様の品は、それだけでございます」


(ま、当然か。一つあっただけでも奇跡に近い)


「分かりました。では次は武器を見たいです」


「ご案内いたします」


 店員が再度二人を案内する。アイネはこの時点でどこか遠くを見るような目をしており、現実についていけていないのが明らかだった。


「こちらが武器でございます」


 武器は先ほどの展示方法とは違い、机の上に並べられ、さらにそこにガラスケースが乗せられている。


 ここは魔導士専用の陳列棚なので、あるのは魔法を補助する武器だ。


 そしてもちろんその多くは杖だった。


 三十センチ程度の細長く短いもの、一メートルを優に超える長いもの、末端に大きな魔石のついたもの、どれもが非常に強力であり、個性を主張している。


 この店が名店であることは間違いなく、彼も少しだけ感心していた。


 ギルは床をステッキでトントンと鳴らしつつ、どれを選ぶか考え始めた。

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