第七話
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ギルロック・ホームズは悩みに悩みぬいていた。
場所はジグザス王国・王都ヘキサスが誇る老舗装備屋:「よろず」。
武器から防具、杖から刀剣ひいては弓矢まであらゆる装備が揃えられており、おそらくこのヘキサスで最も多くの品揃えを持つ店だろう。
無論、この店に全く問題はない。
問題は彼の現状にあった。
彼はつい先ほどギルド・ルビールにてギルド調査補助員を選んだ。
そう、問題は彼が選択した少女、アイネ・クラインにあった。
彼女は今も彼の隣でこの老舗防具屋「よろず」を眺めている。
外観はこの国のどこの建物とも同じレンガ造りで、それ以外の点で特質した箇所を上げるとすれば、この建物が三階建てであることくらいだろう。
品揃えに見合った広さを確保している。
ただ彼はこれほどの店に来ても、今も悩み続けていた。手に持っているステッキを、貧乏ゆすりの代わりにコツコツと地面に打ち続ける。
(…完全に失敗した。あの三人から選ぶのが嫌すぎて、適当に選んだ冒険者がまさか少女だっとは。あのローブから見て、ルビールで唯一隠密が得意なタイプだと思って選んだというのに…)
一定のリズムはドンドン加速していき、彼はついに口を開いた。
「…君はいくつですか?」
「16歳だったと思います」
(だったと思う?)
ギルは彼女の不自然な言い方に、違和感を覚えた。しかしそう言った彼女の表情を伺えば、少しだけ暗い。どことなく踏み込めない雰囲気を醸し出している。
「…では…今年で成人になったという訳ですか」
この世界の成人は16歳であり、そこからの人生は自由選択だ。
「その通りです。あの…敬語はやめて下さい。年上にそういった口調で話しかけられるのは…心地悪いです」
彼はまた地面にステッキを打ち付けつつ、考えていた。ただ迷っていても無駄なことだけが確かだった。彼女とは今後も付き合っていくことになる。
「…なるほど、それは助かるな。仕事上色々な箇所を飛び回るから、丁寧な口調を心掛けよと常に上司に言われているんだが、正直使う方も疲れる」
(それに…相手と仲良くなるのには不適切だ)
たまに出るギルの言葉遣いのボロは、彼が本来敬語など使いたくないと心から思っているからにすぎない。それに常に一人称が「俺」である当たり、彼のささやかな抵抗の結果だろう。
「アイネ、君を選んだことを今更とやかく言う気はない。しかし俺の側で調査を続ける以上、そのお粗末な装備では…な。簡単に君に死なれれば俺自身、目覚めが悪い」
あえて冷たい言い方をしているが、実際はただ生きていて欲しいだけだ。
「それで…ここですか」
彼女は再び、今度は遠慮がちに建物を見上げる。
この老舗はとても有名であり、品質も高い。もしもアイネ単体であれば、とてもここに装備を揃えには来ないだろう。懐事情的に、無理をしても届かない。
「そういえば聞いていなかったが、君のギルドランクは?」
(あれだけ堂々と立候補したんだ。Bランク以上だとは思うが…)
「…ランクです」
「え?」
あまりに小さな声で全く聞こえず、ギルはそのまま聞き返す。
「Fランク!なん…です」
声はしぼむように小さくなっていった。ギルは唖然としつつ彼女を見返している。
(そういえば…アブドさんが何か言いかけた時、アルバスさんが遮っていたな。このランクを隠すため…だったのか)
最低ランク、流石にこの事態にはギルも、もう一度ギルドへ戻り、今一度候補を自分で探しなおしたいところだった。
ただそんなギルの考えを悟ったのか、彼女は不意に口を開いた。
「戻り…たくない…です」
うつむきながら、絞り出すようにそういった。声はすでに潤んでおり、彼女が今にも泣きだしそうな状態であることを悟る。
完全お人好し症候群である彼は、もはやそれだけで何も言えなくなってしまった。
「…一度決めた選択を覆す気はない。ほら…あれだ…男に二言はない。そんな感じの…あれだ」
思ってもないことを口にし、彼女を何とか慰めようとする。杖を地面にトントンと打ち付けているのは、こういう時に上手く言葉が出ない自分への怒りだ。
「本当…ですか?」
彼女はギルの方を遠慮がちに見る。
「本当だッ!さっさと店に入るぞ!」
彼はそういうと、彼女の手を強引にただし優しく引っ張り、「よろず」へと豪快に入店した。
高級な店ということもあり、直ぐに店員がギルロックの前に駆けつける。
「いらっしゃいませ、お客様。ご要望さえ言って頂ければ、ご案内いたします」
対応に駆けつけた男性店員は、真っ白なワイシャツにズボン、それに黒いエプロンを首からかけており、この世界のスタンダードな店員の恰好をしている。
生地は上質であり、この店の高級感を主張していた。
髪型は七三分けで、頭頂部まで美しく分け目を付けている。黒髪黒目であまり特徴のない男だ。
美しい所作で御辞儀をし、二人を出迎えた。
ギルはそんな店員をさておき、アイネへと視線を送る。
「君の専門分野は?」
無論この場合は戦闘方面における、何を得意とするか?という質問だ。
「えっと…魔法使いになりたいです」
(…なりたい?)
もはや願望である彼女の言い分を聞いて、ギルはまた数瞬停止する。
しかし脳をすぐに再起動させ、店員を見た。
「この店で最高級の魔導士の装備を」
(た、足りない実力は装備で補填だ)
もはやどうにもならない現実に、彼はやけくそになった。
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