第五話


「Aランクまで到達しているなんて、凄いですね」


 ギルはアブドを見て適当に返事を返す。そしてそのすぐ後、小声でアルバスへと話しかけた。


「…選考基準を聞かせてほしい。かなり際物…すぎます」


 アルバスはギルの方をチラリとみる。


「最低条件を満たしつつ、性格のいい奴を集めたんだが…」


 ギルド調査補助員には最低条件がある。それは最低でもBランク以上であること。


(確かにランク条件は満たしているが、どう考えても性格は難ありだろ。特に三人目は相当だぞ)


 そんなことを考えつつ、彼は再度候補たちを見る。彼と目が合うたびに、候補者たちは満面の笑みで白い歯をちらっと見せる。


 ギルは暫く無言で、ゆっくりと考えていた。


 すると待てなくなったのか、隣に立つアルバスが口を開いた。


「さて、誰にする?彼らは我がギルド内でも注目株だからな。補助員を買って出てくれるなんてすばらしい奴らだ」


 調査員と同じく、補助員も非常に危険な仕事だ。進んで希望する奴は余りいない。


 そこからさらに数分後、ようやく彼は口を開いた。


「…決めました」


 ギルは小さな声でそういった。


「そうか、それはよかった」


 アルバスは満足げに頷いた。


「あの人にします」


 ギルが指さす先に立つのは、アブド・ミナルだった。彼ならば実力も申し分ない。なぜならば彼はこの中で唯一のAランクだ。


 アブドは自分が選ばれたことを自覚し、表情を笑みへと変えた。


 しかしその時、ギルは再び口を開いた。


「いいえ、あなたではありません。その後ろの、フードを被った人です」


「は?」


 全員が固まり、アブドの後ろを見た。するとそこには確かに、長いローブを羽織った人物が、フードを深くかぶって椅子に座っていた。ローブやフードのせいで性別や身長すら不明瞭な人物だった。


 その人物も自分のことだと気付いたのか、明らかに動揺しつつ、周囲をキョロキョロと見まわしている。


「ちょっと待ってくれ…本当にあの女なのか?」


(あの女?)


 ギルロックは疑問気にアブドを眺めた。


 先ほどまで自分だと思っていたアブドは、うろたえながらローブの冒険者を指さしている。


「そうだ!俺たちだって候補になる覚悟を決めて、この場所に来たんだ!こんなの…侮辱だ!」


 エアロバもそういって憤慨する。


 アルバスでさえ呆れた表情でギルの方を見ていた。


 すると彼はゆっくりと首を振った後、話始めた。


「覚悟…ですか。それは本当ですか?まず大前提に、俺が誤る必要があるのはアブドさんだけだと思います。彼が唯一のAランクで、明らかに選ばれる可能性が高い。目を見ればわかる。お前ら二人は覚悟なんて決めてないだろ?」


 唐突に敬語を止め、エアロバとダンベルの二人を睨む。すると図星だったのか、彼らは委縮して黙ってしまった。


「アブドさん、すみません。この選択には理由があります。聞いてもらえますか?」


「あ、あぁ…」


 急に紳士的に戻ったギルの態度に、アブドは瞬きを繰り返している。


「そもそも調査員の仕事において、重要なのは強さだけではありません。もちろん強いことも重要な要素ですが、現地に同化するのもまた重要な要素でもあります。魔物の生息地に何日も泊ることもある。このギルドの冒険者たちは、経験も沢山積み、訓練にも励んでいるようです。皆さん素晴らしい筋肉だ。ですが調査に必要以上の筋力は邪魔なんです。体が大きすぎると、目立ちますから」


 彼の瞳は真剣そのものであり、ふざけてローブの冒険者を指名した訳ではないと分かる。言われてみれば華奢なのは、指名されたローブの冒険者だけだ。


「だ、だが、あの女の冒険者ランクは…」


「よし!決まりだ!」


 アブドが何か言おうとした瞬間、それをアルバスが遮った。


「いやぁ、お前達も良く志願してくれた。こいつが今回補助員を決めてくれなきゃ、俺も本部から怒られていたところだ」


「ボス、でも大丈夫なんですか?」


 アブドがアルバスの方を見た。「ボス」というのは、このギルドでのアルバスの呼称だ。


「問題ないだろ…こいつなら特権くらい許されるさ。【】だしな」


 アルバスが親指でギルの方を指し示す。


「…」


 場が一斉に固まった。


「え?」


 そして全員が同時に口を開いても、結局一文字分しか話さなかった。

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