第四話


 アルバスはそういうと、一枚の紙を机に広げた。


 今彼が机に広げたのは分布図という、地図に魔物の生息地などを乗せて発展させたものだ。無論、ここに乗っている生息地も調査員の仕事の結果だが。


 しかし、彼が今出した分布図は通常のものとは少しだけ違い、普通よりも多く情報が書き込まれていた。


「なるほど…分布図に死傷者を直接。手間が省けて助かります」


 ギルはそういいつつも、分布図から視線をそらさない。


 前述のとおり、この王都ヘキサスの東と南には魔物の生息地である森と荒地がある。


 今回アルバスが取り出したのは南側、つまり森に関する地図だった。


「異変は森だけで?」


「あぁ。その通りだ。どうも森の魔物の動きがおかしいってのが何とか帰ってきた冒険者たちの言い分だ」


「これは頂いても?」


「かまわん。すでに魔法で複製してある。持っていってくれ」


 ギルは用紙を受け取り、懐にしまった。


 その後すぐに立ち上がろうとするも、アルバスがそれを止める。


「待て。まぁ待てよ。俺も本部から言われていることがあってな。こればっかりはどうしようもない」


「…というと?」


「ギルド調査補助員についてだ」


 ギルの表情が一気に険しくなる。その顔は、まるでそれを口にするなといっているようなものだ。


「まぁお前が過去の経験からこの制度を好ましく思わないのは分かる。しかしだな、実際お前ら調査員の死者は未だに減らない。それはお前たちが単独行動を好むせいだ。本部も優秀なお前らをなるべく減らしたくはないんだ」


 ギルド調査補助員。それは非常に単純な仕事で、単独行動の多い調査員たちに決まって一緒に行動するパートナーを作る制度だ。


 単独行動そのものが、危険で無責任な行動を誘発させると考えたギルドが、減らない死亡者の為に切り出した作戦だ。


(…クソ。なぜ俺が狩り出されたのかと思ったが、やはりそうか。ルビールと俺の関係を知っていて、ここに呼んだな。逃げないように)


 ギルロックはこの制度を避けるために辺境の村の調査を続けていた。自分が調査員の中でも、比較的高い地位にいるというのに。


 ここまで強引な手段に本部が出たのは、彼以外の調査員がすでに補助員を付けて一年以上が経過しているからだろう。


「うちのギルドは気のいい奴が多い。すでに何人か候補を選んであるから、後はその中からお前が選ぶだけだ」


「…だから昼間っから酒を飲んでいたんですね。彼ら」


 補助員が選ばれる瞬間は非常に珍しく、なかなか見れるものではない。彼らは昼間から仕事をサボり、その瞬間を待っていたのだ。


「さ、広間に戻るぞ。お前もいい加減諦めるんだな」


 アルバスはそういうと立ち上がり、ドアを開けた。


「それに俺は、お前が死ねば悲しい。なるべく長く生きていて欲しいんだ。お前だって、その気持ちは分かるだろ」


 ギルロックの嫌そうな表情は相変わらずだが、いい加減観念したのか、素直に立ち上がった。


「おっと…俺と本気で鬼ごっこする気か?」


 そしてギルが立ち上がった瞬間、アルバスがそういった。彼は足に入れていた力を抜いた。


(…ちっ、相変わらず鋭いな)


 ギルは心の中で悪態をつくが、これも二人の関係性の深さがなせる業だろう。


「分かりましたよ…、いや、本当は分かりたくなかったんですが…いいでしょう」


「そういうな、実際この制度が導入されてから死者が減っている。実績のある制度なんだ」


 ギルド調査員の年間死傷差数は右肩下がりで落ちている。無茶な単独行動が減っていった証拠だろう。


 流石に観念したギルは、案内されるがまま広間へと戻る。


 相変わらず酒の匂いがする場所まで戻ると、受付の中から、突然アルバスが手を一度だけ叩いた。


 バチンッという大きな破裂音がなる。隣にいたギルはその行動に超反応し、一瞬にして耳に指を刺しこみ、鼓膜の崩壊を防いだ。片腕がアームホルダーに入っているかつ、唯一動く手にはステッキを持っているため、両耳はかばえなかった。耳にはキーンという音が鳴り響いている。


 場が一瞬にして静かになったところで、アルバスが話始めた。


「あぁ…お前達、例の件について話しておいた通りだ。さっそく候補者たちは前に出てきてくれ」


 すると酒盛りを行っていた冒険者たちの中から、三人が立ち上がり、受付の側まで寄ってきた。


「それじゃぁ右から自己紹介を頼む」


 アルバスがチラリと一番右の大男を見る。


「分かりました!」


 彼は大きな返事をして、早速自己紹介を始めた。


「Bランク、ダンベル・ドアっす!好きな食べ物は酒、嫌いな食べ物は水っす!」


(いや、それは飲み物だが…頭脳に難ありだな)


 このギルドの特徴でもある大柄だ。ヘルメットのように髪をがっちりと固め、オールバックにしている。眉毛が濃く、肌は色白だ。革鎧を身にまとっており、そこある生々しい傷が、彼の経験値を物語っている。


 彼の紹介が終わると、真ん中に立つ人物が紹介を開始した。


「おっす!Bランク、エアロバ・イクっす!金!酒!女!好きっす!」


(どうしようもない奴だな…というか選ばれる気あるのか?)


 あいも変わらずの大柄で、顔面が濃い。かなり短い髪を七三に分け、これまた何らかの整髪料で固めている。言葉通り女性を意識しているのか、真っ白なシャツに、真っ白なズボンという、非常に目立つ格好だ。ただその全てを筋肉が限界まで引き延ばしている。


 そしてとうとう最後になったようだが、ギルはこの男に見覚えがあった。


「さっきぶりだな!俺はアブド・ミナル。金は好きだが、名誉の方が好きだ。酒も好きだが、肉の方が好きだ。女も好きだが、男の方が好きだ!」


(…え?最後なんていった?聞き間違いか?)


 間違いなくそれは、先ほど酒をおごってもらった人物だった。もしかすると、自分が候補であるからこそ、あえてあそこで酒をおごってきたのかもしれない。ギルには意味がないが、ある意味賄賂だ。


 そんな関係性がありつつも、突然のカミングアウトにギルは動揺して目をぱちくりしている。


「あと、言い忘れていたが俺は…」


 アブドがもう一度口を開いた。


「Aランクだ」


 どうも実力はかなりのものらしい。

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