第三話


 ギルは少しだけ面倒臭そうに、ステッキを持ったままで片手をあげ、その沈黙に答えた。


 するとまた一斉に冒険者たちは酒を飲み始めた。調査員の珍しさという効力は一瞬だったらしい。


 そんなやり取りを済ませ、彼は依頼について聞くために受付へと向かった。


 しかし、その途中で一人の冒険者に呼び止められる。


「ようこそ、調査員の兄ちゃん。ギルド長から話は聞いてるよ。あんた達にはいっつも感謝してるんだ。一杯おごらせてくれよ!」


 その男は毛髪が一切なく、それに矛盾するように顎には大量の髭を蓄えている。一本一本が剛毛であり、彼の顎をしっかりと保護している。立派なたわしをそのまま顎につけているかのような見た目だ。


 服装に関していえば、上半身はこげ茶色をした革生地のベストで、前を開けている。中に何も着ていない為、彼の胸板から下半身にかけての体毛が全て露出していた。厚かましいことこの上ない。下は黒のズボンと、普通だ。


 目は黒く、鼻は低い。眉毛も一切なく、強面だ。体格はしっかりとしており、筋量は常人よりも遥かにある。


 筋骨隆々なのは彼だけの特徴ではなく、ここのギルドの冒険者は皆こんな感じだ。


 男は手に持ったルビールを、ギルの方へと差し出した。木製の大きなジョッキに一杯という、豪快な量だ。


(…この絡み方、ここで何度酒を飲まされたことか)


 男からはもれなくアルコールの匂いがしている。


 ギルロックは少しだけ面倒くさそうな表情をしたが、一度手に持ったステッキをベルトに刺し、ルビールを受け取った。


 するとそのまま口元へと持っていき、一息で全て飲み干す。


「どうも、美味しかったです。それでは、仕事の話があるので」


 それだけ言い残すと、ギルはすぐに奥へと進んでいった。


 受付につくと、先ほど受け取ったジョッキをそっと置いた。


 彼は毒への耐性を付けるためにある程度危険な訓練を積んでいるため、今更アルコール程度では、なかなか酔わない。


「失礼、指名依頼の連絡を受けてきました。ギルロック・ホームズです」


「ギルロック様ですね、伺っております。奥でアルバス様がお待ちですので、そのままお進みください」


 カウンター奥は事務などをするための施設になっており、それなりの間取りが確保してある。その中の一室がギルド長室になっており、アルバスとはギルド長の名前だ。受付嬢は彼に、直接ギルド長室に向かってくれといっているのだろう。


「分かりました。ありがとうございます」


 カウンターの扉を開けてもらい、直ぐに奥へと進んだ。


 ギルはこのギルドにはすでに何度か来たことがある為、間取りを覚えている。少し歩けば、鉄製の札のついた扉があり、そこにはギルド長室と書いてある。


 彼は早速扉をノックした。


「入ってくれ」


 相変わらずの野太い声に、すでに知り合いである彼の顔をギルは思い出していた。


 扉を開け、中に入る。


「お久しぶりです。ご高齢であるというのに、未だ現役なようで」


 ギルド:ルビールの長、アルバス・ウォッカの顔を久しぶりに見て、ギルはそう感想をもらした。彼の顔には未だに覇気が見える。


 齢六十二、すでに現役でいるのには厳しい年齢だが、それでも彼は未だにギルド長でもあり、冒険者でもある。


 年相応に髪は白髪で、目は黒い。上着は真っ白なライダースジャケットのようなデザインで、下にはエナメル生地のような黒いズボンをはいている。服の下に搭載された圧倒的筋肉が、服全体を苦しめているようにすら見える。


 一番奥の窓辺に、入口へ向いて執務席があり、その手前にはソファが合計四つ、二つずつ向かい合わせに並べられている。


 来客用であるそのソファは執務席とは垂直に並べられ、向かい合う中心に低い机が配置されており、椅子はどれも黒い革生地で、上質な革を使っていることは間違いないだろう。


 執務席の机上にはいくつもの空の酒瓶が置かれていた。今も趣味は健在なようで、空瓶が机の上を占領している。仕事をする机のはずだが、もはや机はそのためにあるようにすら思える。


 ギルは空き瓶の並ぶ机に視線を向けていた。


(…やるときはやるが、それ以外は飲んだくれ…相変わらず変わってないな)


「よく来たな。そこの席に座れ」


 ギルは言われるがまま、ステッキをソファの横に立てかけてから座った。すると丁度向かい合うように、アルバスもソファに座った。


「迅速な行動、感謝している。…やるか?」


 そういってアルバスがソファ横にある隠し引き出しから、酒瓶を何本か取り出した。高級感だけでなく、引き出しすら搭載していたらしい。


「さっき冒険者の方におごってもらいましたので、遠慮しておきます」


「ハッハッハ、そうかそうか、気のいい奴らだったろ?」


「確かに、いいように言えばそうですね」


「むっ?角のある言い方だな。もう少しおおらかになったらどうだ?」


「俺はもう十分におおらかですよ。貰った酒も一気飲みしました」


「そうか?昔からお前は…」


「アルバスさん。俺は依頼で来たんです。世間話はその辺で、早速依頼の内容を聞かせてください」


(この人のお説教は一度始まると長いからな、出始めできっとくに限る)


 ギルは面倒くさそうな表情を一切隠さず、アルバスへと向ける。彼のその表情にアルバスは頬をポリポリとかいているが、それが彼らのいつも通りだ。


「ま、確かにその通りだわな。ならまずはこれを見てくれ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る