-1話
次にワイアットが目を覚ましたのは見知らぬベッドの上だった。
「ここは…どこだ?」
彼はゆっくりと上体を起こした。体はまるで鉛のように重く、全身が筋肉痛であることは間違いない。そして腿とふくらはぎにも痛みが残っている。
あれが悪夢ではないことを、痛みが証明していた。
視線をやれば、傷には包帯が巻かれており、治療されている。
ベッドに突っ伏すようにマリが眠っており、彼は思わず涙を流すと、そのままマリの頭を数度なでた。
「んぅ~…」
彼が頭をなでると、マリはベッドの上で身じろぎする。目が覚めたわけではないようだ。顔が横向きになり、その表情を見ることができた。
彼女の目元にも涙の跡がある。ワイアットは調査員の男が如何に正しかったのか、生き抜いて初めて気づくことができた。
彼は不意に窓へと視線をやる。
窓の外が暗い。時刻は夜だ。
そうこうしていると、扉がゆっくりと開いた。
「…目を覚ましたみたいだね」
扉を開けたのはマァサだった。この宿舎は名物にもなっているため、彼女は有名だ。村人に知らない者はいない。
この場所がどこであるか、ワイアットはようやく理解した。
眠っているマリに気を使ってか、彼女は小声で話している。
「こっちに来れるかい?」
ワイアットはゆっくりと頷き、マリを起こさないようにそっとベッドから降りた。
立ち上がると血が足りないせいか、立ち眩みが彼を襲う。
それでも彼は扉から出た。
二人は扉の外で合流する。先に口を開いたのはワイアットだった。
「彼は…?礼が言いたいんだ」
マァサは首を振る。
「何かあったのか?」
「いや、違うよ。彼はもう出ていったんだ。村からね」
「そんな…礼すら言っていないというのに」
唐突にマァサは遠くを見るような目をする。
「あの仕事は大変だからね。もう次に向かったのさ」
「ギルド調査員…か」
ワイアットもあまり聞きなれないその言葉をつぶやく。この世界で最も過酷で、残酷な仕事だと言われている。
ワイアットも調査員を見たのは彼が初めてだった。
お礼を言えなかった無念はあるが、事情があるなら仕方がない。ワイアットはそう考えることにした。
「彼から預かっているものがいくつかあるよ」
マァサはそういうと、食事などを運ぶであろうカートから荷物を取り出す。
それはワイアットが逃亡中、手放した装備だった。どれも安物だが、手入れを欠かしたことのない大事なものだった。
「これを…彼が?」
「ギルちゃん以外にこんなお人好しはいないよ。…本当あの男は、この村に来てからずっと誰かに優しくしていたさね」
「それはまた…」
酔狂なことだ。
自分が施される側でなければ、彼はそう言っていただろう。自分が一番危険な立場にあるというのに、他人にも優しくするなど、彼には考えられないことだった。
だからこそ彼の優しさは、ワイアットの胸に染み込んだ。
「それと、最後にこれ」
マァサが持っていたのはパンパンに膨らんだ小さな布袋だった。
それが何か分からなかったワイアットは、受け取って中身を見た。
「そんな…こんな…ことまで?俺は…他人だってのに…」
彼の頬からは、自然に涙がつたっていた。そこに入っていたのはお金だった。
一緒に四つ折りの紙切れが入っていることに気付き、彼はそれを開いた。
文面は以下の通りだ。
______________________________________
ワイアットさんへ
その傷で冬を冒険者として越すのは難しいでしょう。偶然にも狼の毛皮が大量に手に入ったので、それを換金しておきました。
傷を治すことも冒険者の仕事です。マリさんの為にも、ゆっくりと傷を治してください。あなたの体が、あなた一人のものだとは思わないことです。
それと装備を回収する際、勝手に剣を見させてもらいました。しっかりと手入れの行き届いた、素晴らしいものです。昔から手入れが上手い冒険者は伸びるとよく言われたものです。
過信せず、精進し、彼女を幸せにしてあげてください。
______________________________________
ワイアットは手紙を見ながら、ただ涙を流している。ボロボロと、鼻水を流しながら、だらしなく、ただそれを気にすることはない。
「あぁ…クソ…なんて人なんだ」
「ま、世の中にはいるもんさ。本物のお人好しってやつがね。ギルドに五十七匹ものレッドファングの毛皮が納品された時には、相当てんやわんやしていたけどね」
ワイアットは涙をぬぐうと、顔を上げた。
「そういえば、彼の名前は?」
なぜかマァサは自信満々に、笑顔で口を開いた。
「彼の名前は…」
/|_________ _ _
〈 To BE CONTINUED…//// |
\| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます