-4話


 それでも多少、少女は焦っていたが、焦っているなりにもわかりやすくしっかりと説明してくれた。


「お父さんが、森から帰ってこないの。昨日は一日で帰ってくるって言ってたのに…。ギルドに行ったら他の冒険者の人たちも見てないって…昨日は一人だったから…」


 確か彼女の父親はワイアットという名前だったはずだ。


 マリがうつむいて、今にも泣きだしそうになりながら状況を説明してくれる。そしてその内容はおおむね俺の予想通りだった。


 森での単独行動による失踪、冒険者であれば一番多い行方不明の理由だろう。たいていが魔物が原因で、最悪の事態であることが多い。


 舌打ちをしたい気分になりながらも、俺はそれを我慢して表情に出さないようにする。一人娘を残して無理をするなど、絶対にあってはならないことだ。


「…わかった。探してくるよ。マリはここでいい子にして待つんだ。いいね?」


「うん…。お兄ちゃん、お父さんを…助けて」


 返答に迷った。父親が助かる確率は五割を切っている。彼が優秀な冒険者であれば、生きている可能性もあるが、単独行動をしている当たり、その望みは残念ながら薄そうだった。


 彼女に嘘はつきたくなかった。


 だから俺は、誤魔化すように再度彼女の頭を撫で、探索用の服に着替えるため、借りている部屋に向かった。


「マァサさん…」


 マリは不安そうにマァサを見る。


 マァサも彼と同じ思いだったのか、ただ彼女を力強く抱きしめた。


 ●


 調査員には決められた制服がある。


 それはフード付きの外套だ。長さはふくらはぎくらいまで、色は指示された探索地域によって変わり、現在探索地域が森である俺の場合は深い緑色だ。背中に調査員の紋章が付いている。黒い六角形の中心に、羽を広げた白い梟が描かれたものだ。


 これさえ羽織れば後は特に指定はない。


 俺の場合は血の染みが目立たないように黒いワイシャツに、黒いズボンだ。どちらも特注で、「スネイクル」という蛇に近い見た目の、鱗を持たない魔物の皮を使用している。伸縮性に優れ、耐久性も高く、最初から黒色だ。


 そしてそこにさらに、同じスネイクル皮の手袋をする。この仕事では毒性の物に触れることも珍しくはない。手袋は必須だ。

 

 どんな地面にも対応できるように厚手の黒いブーツを履き、一寸先の地面が安全か確認するための黒いステッキを持てば、俺がいつも調査に出るときの服装は完成する。ステッキの持ち手部分は、少しだけ大き目の、羽を閉じた銀色の梟の装飾がしてあるので非常に持ちやすい。


 探索用の荷物は、ある工夫をしているので持つ必要はない。


 ワイアットの生存率を少しでも上げるため、俺はすぐに宿舎を出た。


 常に持ち歩いている首に下げた、小さな梟の形をした笛を吹く。


 人間には聞こえない音域で、特定の生物を呼び出すための音が奏でられる。


 生物の名は「オルブーオ」、言ってしまえば白い巨大梟だ。


 その体は羽を広げる前から五メートルほどもある。両翼を広げれば十メートルはいとも簡単に超えてしまうほどの大きさだ。


 彼に革製の鞍や、鞄を付けているので俺はいつも調査用の荷物を持ち運ばないで済んでいる。必要な道具は彼が持っているので、必要になった時に彼を呼べばいい。


 普段は森に隠れており、俺が呼び出すとすぐに来てくれる。俺と彼は召喚獣や使い魔のように契約しているわけではなく、ただの友人だ。


 鞍は特注で、首元と足を体に沿って縦に結びつけるものだ。彼には窮屈かもしれず申し訳ないが、体のサイズピッタリに作っているので、左右に揺れたりすることはない。


「オウル。探したい人がいる。飛んでくれ」


 彼の背中に乗ると、いつも通りすぐに飛び立ってくれる。


 手段を選ばずに探せば、森の魔物の動きに異変を察知するのは簡単だ。


 逆に言えば、異変がなければワイアットはすでに…ということだろう。


 しばらく森を見まわせば、違和感はすぐにあった。


「…運がいい…見つけた。ありがとうオウル、後は自分で行く」


 俺はいつも通りオウルから飛び降りた。高さは上空八十メートルといったところだろうか。特に問題はない。


 空中から風を切り、なびく外套を手で制御しながら落下し続ける。


 時期のせいもあり、この地域の風は冷たく、乾燥している。無論もっと過酷な地に赴くこともあるこの仕事のおかげで、なんの問題もない。乾燥した風が俺の頬を切り裂くように、幾筋も通り過ぎていく。


 森での着地に重要なのは大きな音を立てないこと。着地寸前、魔法で重力の影響を軽減させるのがマストだ。例えば地面すれすれで浮遊魔法を使うだとか。


 そして俺は少しの音もたてずに着地した。すぐに周囲の状態を確認する。


 上空から発見した異常は大きく分けて二つ。


 一つ目が特定の魔物の集団行動。森から奥に進むように、何者かを奥に追い込むような動きをしていた。


 二つ目がその特定の魔物以外の魔物が周辺から消えていること。これはその特定の魔物が狩りを開始したため、その魔物よりも弱い魔物が周辺から逃げたのだ。


 この森で行動一つで周囲に影響を与えるかつ、集団性のある魔物の心当たりは一つしかない。


 レッドファング。


 指標ではDランクに位置する、この森では最強の魔物だ。


 赤い毛並みに鋭い牙、体長が二メートル以上ある狼で、その昔、赤い毛並みは獲物の返り血だとされ、より赤い個体ほど恐れられていた。

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