これからの夏は、きっと……
次の日。
まだ浜辺で遊び足りないという夏生と佐原さんの要望に応え、俺たちは再び海に来ていた。
「やっほーいっ!」
昨日も聞いた声をあげながら、岡本は日光を反射して輝く砂浜を走り抜け、海へとダイブした。
「ちょっと、佳くーん! 準備運動ー!」
その後ろをパーカーのフードを揺らしながら、佐原さんが小走りで駆けていった。
「……この光景、昨日も見た気がする」
「まぁまぁ、いいじゃん」
昨日と同じビーチパラソルの下で、俺たちは並んで座り、じゃれあう岡本たちを眺めていた。
降り注ぐ陽の光も、彼方まで続く青空も、もちろん海や砂浜や肌に感じる風だって、変わっていない。
けれど。
心の中は今までにないくらい、晴れ渡っていた。
「ねぇ、佳生! 何か、海に向かって叫んでみてよ!」
「え? なんだ、いきなり?」
「いいからいいから」
なんだか久しぶりに聞く、夏生の無茶振り。見ると、彼女は悪戯っぽい笑顔を浮かべていた。
これは何か企んでるな、と思ったものの、何を企んでいるのかは皆目検討もつかなかったので、もう少し泳がせてみることにする。
「んー、それこそさっきの岡本じゃないけど、ヤッホー、とか?」
「えー、同じじゃつまんないな〜」
むくれたように口を尖らせ、続きを促してくる夏生。なんだろうと思いつつも、さらに脳内検索を続けてみる。
「それじゃ……バカヤロー、とか?」
次にヒットしたのも、なんともベタな言葉だった。
夏生は、それを聞いた途端になぜか小さく吹き出した。
「え、いきなり海を罵倒するの?」
「いや、というよりは普段の不満を発散する、というか」
「えー、私が海だったら来る度に大勢の人からそんなこと言われたくないなー」
どうせなら、と夏生はずいっと顔を寄せてきた。意識的に、というか本能的に顔が熱くなるのを感じた。
「好きだーー、とか言ってほしいけどな〜」
これか、と思った。
本当にこういうところは変わっていない。
やっぱり、夏生はこうじゃないとな。
「はぁー、わかったよ」
そこで、俺はすくっと立ち上がった。
「え」
俺の行動が予想外だったのか、夏生は呆けたような声をあげる。まぁ、俺にとっては予想通りだが。
「一回しか言わないから、よく聞いとけよ?」
「え、え、ちょっと待って、佳生。それは恥ず――」
「――なつはーー! 大好きだーーーーっ!」
青い海の遥か彼方まで届くように、俺は声を張り上げて叫んだ。
砂浜で遊んでいたサークルの集まりっぽい人たちや家族連れ、岡本たちまでもが驚いたように俺たちの方を見ていた。
「か、か、佳生〜〜っ!」
「へへっ、お返しだ」
夏生は顔を赤くし、黒い髪を掻き上げた。
ちなみに、今日の夏生は水色のパーカーに緩めのショートパンツというラフな格好で、最初から人の姿で来ていた。なんでも、「今日はなんとしてもこの姿で遊びたい」とのことらしく……。
「むぅ、じゃあ今度は私の番だね」
「へ?」
今度は、俺が呆けた声をあげた。
「かいせいーー! 私も大好きーーーーっ!」
「ちょ、ちょ、ちょっ!?」
待て待て待て、恥ずかしいって!
「おいこら、夏生っ!」
「ふふっ。それと……」
頬を赤くし、得意げな笑みを浮かべたまま、夏生は流れるようにパーカーとショートパンツを脱いだ。
その下から現れたのは、青と白を基調としたボーダー柄のビキニ。いかにも彼女らしい、水着だった。
「ど、どうかな……?」
照れた様子で聞いてくる夏生はとても可愛くて、
「か、可愛い……よ?」
昨日、佐原さんの水着を誉めた時みたいな気の利いた感想は出てくるはずもなく、そんな安直な言葉しか言えなかった。
「あ、ありがとう……」
どうやら彼女も、そうみたいだった。
「ほ、ほら、行くぞ!」
「う、うん……!」
俺たちは手を繋いで、光る砂浜へと一歩踏み出す。
「あ、それと! 今日の夜は昨日できなかった残りの花火しよっ!」
「わかったわかった」
「線香花火もしようね!」
「いいけど、なんで名指し?」
「ふふっ、だって……一番近くで、一緒にできる花火だから!」
そんな何気ない会話も、もっと増えて――
「お前ら、さすがにあれはバカップルっぽいぞ」
「うん。私も、そう思った。夏生ちゃん……すごい」
「よーしっ、岡本もやるか?」
「あ、そだね! みんなでやろうよ!」
「「えぇーーっ⁉︎」」
――これからの夏はきっと、もっと笑顔が溢れている。
そんな夏にしていきたいと、冷たくて暖かい手を握りながら、俺は思った。
Extra<完>
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