それぞれの気持ち(1)
ザアァァァ……――。
辺りに満ちる雨音を聞き流しながら、俺は買い出しの帰途へとついていた。
「ふぅ……」
意識することなく漏れたため息は、他に誰もいない夜の暗闇へと溶けていく。頼まれた飲み物やお菓子が入ったビニール袋は異様に重く、右手から左手に持ち替えても、それは変わらない。まるで、今の俺の心が乗り移っているかのようだ。
「恋人関係にはなれない、か」
数時間前に、夏生から言われた言葉を思い返す。
正直、ショックだった。想いを伝えようとしていた矢先のことだったし、やっぱり、何といっても俺は彼女が好きだから。
でも、ある程度予想していたことでもあった。だからその言葉を聞いた時、ショックと同時に、「やっぱりか」とも思ってしまった。
夏生はその時、成長に伴った雪女としての変化がまだよくつかめていないからとか、佳生への気持ちは変わっていないけれどもう少しこのままの関係でいたいとか、そんなことを言っていた。でもそれが、理由のほんの一部分でしかないことは、さすがの俺でもわかった。
「人間と雪女、か……」
最初の頃から変わらない、俺と夏生の関係。あの夏の間、ずっと一緒に過ごして、親しさや契約という関係は変わった。でも、この「人間と雪女」という関係はずっと変わらないし、これからも変わることはない。俺が夏生と出会えたのも、痛熱病が完治したのも、奇跡的に夏生と再会できたのも、全部彼女が雪女だったからだ。
だけど。この根幹とも言うべき関係が、ずっと一緒にいるうえでの悩みの種となった。……いや、もっと大きい、障害とでもいうべき壁かもしれない。もしかしたら、これが原因で、夏生とまた離れてしまうかもしれないから……――。
「夏生と、離れる……」
口に出して、その意味を噛みしめて……慌てて俺は首を横に振った。
無理だ。もう、あんな思いはしたくない。
夏生が消えて、夏生らしいボイスレコーダーで俺の背中を押してくれた、あのひと夏のその後。戻ることがないと思っていた高校に復帰して始まった新しい日常の中で、俺は今ひとつ、踏み出しきれないでいた。
気持ちを切り替えたはずなのに、無意識のうちに考えてしまっていて……
美味しいものを食べた時や、綺麗な景色を見た時に、共有したくなって……
ふとした時に笑顔が浮かんで、なんだか無性に会いたくなって……
女々しいと思い、自分の気持ちを押し込めれば押し込めるほど、逆にそれは強くなっていって――。
気がつくと、二年の月日が流れ、俺は大学生になっていた。岡本が昼間、俺がきっと夏生とまた会えると信じて誰とも付き合ってないとか言っていたが、実際はそんな高尚で一途なものじゃない。ただ俺が、上手く忘れられなかっただけだ。
医学の道に進んだのも、痛熱病を研究することで、彼女との一種の絆を保ちたかったからだ。
綺麗なわけでも、美しいわけでもない。ただどこまでも、情けないくらいに、俺が夏生に惹かれていただけ。
この四ヶ月の再会を経て、俺はどうすればいいのか。
「ふぅー……」
先ほどより長く吐き出した息は、周囲に響く雨音に染み込み、消えていった。
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