この先のこと


「はぁー、急に降ってきたな」


 持ってきたスポーツタオルで頭を拭く。その拍子に透明な雫が髪から数滴滑り落ち、クッションフロアのクリーム色を濃くした。


「まっ、仕方ないだろ。奈々たちが先にシャワー浴びてるし、その間に俺たちはシートの泥とか落としておこうぜ」


「ああ、そうだな」


 急いで砂浜から持ってきたせいで、シートやビーチパラソルには泥や雨水、海水がこれでもかと付着していた。放っておくと後でカチカチに固まり、面倒なことになる。一応、明日も海で遊ぶ予定なので、俺たちは貸し別荘のガレージに移動して水気を取ることにした。


「そういえばさ」


 ビーチパラソルを専用のタオルで拭いていると、不意に岡本が口を開いた。


「んー?」


 泥が想像以上に付いてるな、なんて思いながら、何気なく相槌を返す。


「お前、雪村さんとはどうなんよ?」


「……は?」


 予想外の質問に、俺の口からは間の抜けた声だけが漏れた。


「は? じゃなくて。雪村さんと、この先どうしてくのかって話」


「いや、どうするも何も……」


 またからかってんのかよ、と俺は岡本の方を見やり、口ごもった。その目には、いつものふざけた色は全くなかった。


「結構、真面目に聞いてるぞ?」


「……みたいだな」


 彼の言葉に促され、改めて考えてみる。

 正直、そこまで深く考えたことはなかった。まだ再会して四ヶ月程度しか経っていないっていうのもある。しかし何より、再会し、一緒にいられている喜びそのものが大き過ぎたから。


 実際、もう会えないと思っていたし、会えたとしてもまた前みたいに一緒の時間を過ごすことはできないと思っていた。やっぱり、俺は人間で、彼女は雪女だから。有り体に言えば、住む世界が別なのだ。人間と雪女が共存できる――そんなご都合主義みたいな展開があるわけないって、ずっと思っていた。


 だけど、ここ四ヶ月の間に彼女と過ごした時間は、その考えを真っ向から否定してきた。周囲の気候を変えてしまう特性も、人の姿として存在できる時間も、安定感も。何もかもに、一緒にいられることの可能性を見出すことができた。それほどまでに、今のところは上手くいっているのだ。だから、俺はそれ以上考えてこなかった。……いや。考えないようにしてきたんだ。


 そんな俺の考えを岡本に話すと、うそだろ、みたいな顔をされた。


「お前なー。気持ちはわからんでもないけど、そこは考えてないとダメだろ」


「うっ……」


 痛いところを突かれ、言葉に詰まる。


「霜谷と雪村さんが今一緒にいるのは、奇跡中の奇跡だ。お前の言う通り、雪村さんは雪女で、人間とは違う。彼女自身も、そこはわかっているはずだ。……でも、だからこそ、俺たち以上に先のことはしっかり考えとかないといけないだろ」


 普段あまり聞くことのない岡本の声色が、胸に刺さる。全くもってその通りで、俺は言葉の返しようがなかった。


「先のこと、か……」


 俺はこの先、夏生とどんな関係でいたいんだろう。


 夕立ちと思われた雨の気配は薄れることなく、より濃密に、辺りに立ち込め始めていた。

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