大丈夫(2)


 その後、やたら時間をかけて材料を切ってきた岡本たちと合流し、バーベキューを楽しんだ。


「俺、帰ったら料理めっちゃするわ」


「どうしたんだよ?」


「もうこんな惨めな思いはしたくない……」


 悲壮な決意を固める岡本に、あぁこれは料理の手際でいじられまくったんだな、と察した。


「ふふっ。佳生もした方がいいんじゃない?」


 その時、夏生がニヤニヤしながら割り込んできた。


「は? なんで?」


「ト・ウ・モ・ロ・コ・シ」


「……うるせー」


 いつぞやの記憶が脳裏を横切る。

 くっそー、俺も頑張るかな。


 そんなやり取りもしつつ、肉汁たっぷりの牛カルビに舌鼓を打ち、パリッと焼けたウィンナーを頬張った。……もちろん、野菜も適度に食べた。ピーマン、苦いんだよなぁ。


「あ、佳生! ピーマンがいい感じの焼け具合だよっ?」


「……わざとやってる?」


「いや〜、まさかぁ〜〜」


 コツン、と夏生の頭を小突いてから、彼女が焼いてくれたピーマンを四個ほど、腹にかき込んだ。



 そんなバーベキューの後は、磯遊びやらスイカ割りやらを楽しんだ。



 磯遊びの時、夏生が能力を使いとんでもない芸術作品を作り上げた。


「ザ・思い出の場所! あ、いや! ザじゃない! ジだ!」


 どこで覚えたのか、そんな英文法を混じえて彼女は得意げに叫んだ。


「いや、the place of memoriesかな。あんまり言わない言い方だと思うけど」


「むぅ、さすが医学部……」


 そんな会話が飛び交う下にあるのは、細かい箇所まで繊細に削られ、意匠が施されたお花畑だった。素材は砂なのに、誰が見てもひまわりだとわかるほど精緻な出来で、周囲の木々や雑草の一本一本までもが鮮やかに再現されている。所々に煌めく霜の輝きも相まって、その周辺には幻想的な雰囲気が漂っていた。


「……名前なんてどうでもいいや。凄すぎだろ、これ」


「うん。夏生ちゃん、こんな才能あったんだ……」


「えへへ」


 その彼女の笑顔を見て、また一緒にあの場所に行こう、と思った。



 スイカ割りをした時のスイカは、岡本が親戚からもらったものを持ってきていた。バーベキューで満腹のお腹に入るか心配だったが、杞憂だった。

 煌めく紺碧の海に臨み、シートの下からじわじわと伝わる熱を感じながら口にする瑞々しいスイカは格別で、するすると胃袋に吸い込まれていった。


「親戚が農家でさ、毎年結構な数を送ってくるんだよ。もう家じゃ食べきれないし、ちょっと飽きてきたし」


 そう言うと、岡本は不格好な形に割れたスイカの破片にかぶりついた。その食べる勢いからしても、とても飽きたふうには見えないけど。


「えー羨ましい! 私、スイカ大好きなんだー!」


 小さめのスイカの欠片をきれいに食べ切った佐原さんが、目を輝かせて言った。


「奈々ちゃんが、岡本くんの家にお嫁に行けば毎年食べられるよ!」


「ふぇっ⁉ お嫁っ⁉」


「そうだな。岡本、その辺どうよ?」


「うえぇっ⁉」


 岡本と佐原さんは、つい最近付き合って三年になった。あれ以来大きな喧嘩をすることもなく、大学生になって半同棲みたいな生活を送っているらしい。時々惚気られるが、それはもう右から左へと聞き流すに限る内容ばかりだった。

 ただ、以前惚気られた時にそうしたことも考え始めているとか言っていたので、ちょっと振ってみたのだが、


「岡本くん、どうなのー?」


「か、佳くん……?」


「い、いや、えと……そのっ、あの……」


 夏生に加えて、佐原さんも顔を赤くして岡本を見つめ始めたので、彼はしどろもどろになっていた。


「あ。そういえば、前になんか言ってたなー」


 なんだか面白くなって、そんなことを口にしてみる。


「お、おい!」


「え! なんて言ってたの!」


「聞きたいような、聞きたくないような……うぅ〜でもやっぱり聞きたい! 霜谷くん、教えてっ!」


「確か~――」



 楽しいひと時が、一分一秒と刻まれ、



「っ〜〜……霜谷っ! そういうお前は、雪村さんときっとまた会えるからって、高校でも大学でも彼女作らなかったんだろっ⁉」


「なっ⁉」


「え⁉︎ 佳生……そうなの?」



 喧騒とは程遠い、明るく賑やかな声に満ちて、



「あれ? ちょっと、雲行きが……」


「わわっ! 降ってきた! 片付けないと!」



 突然の雨に降られながらも、



「よし、重い荷物は持ったし……霜谷ー! 貸し別荘まで競争な! 負けた方が相手の言うことをなんでも一つ聞くってことで……よーい、どんっ!」


「あ、こらっ、てめっ! きたねぇぞー!」



 この四人でいられたらきっと大丈夫だと、



「奈々ちゃん! 私たちも行こっ!」


「うんっ!」


「おいーっ!」




 俺は心のどこかで、思っていたんだ。

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