大丈夫(1)
嫉妬に駆られていろいろ言ってくる岡本をからかいつつなだめ、なぜかぷりぷりしている夏生の機嫌をどうにかとってから、俺たちはバーベキューの準備を始めた。キャンプ好きな父親のおかげで炭での火熾しは慣れていたので、俺と夏生が火担当、岡本と佐原さんが材料担当ということになった。
「そういえばさ、夏生の水着はどんなやつなんだ?」
バーベキューコンロの中の炭や小枝をトングで転がしながら、俺は何気なく聞いてみた。
「えー、どうしよっかなぁ~」
フードの中から悪戯っぽい笑みを零し、持ってきた松ぼっくりや追加の小枝を放り込む夏生。これは、確実に俺で遊ぼうとしてるな。
「いや、べつにいいじゃねーか」
本日何度目かになる反撃をしようかとも思ったが、やっとこさ機嫌を直したばかりなので我慢することにした。またふてくされられても敵わないし。……ちょっと可愛くはあるけど。
「えー、なに? 佳生、そんなに私の水着姿が見たいのー?」
……くっ。我慢、我慢。
「まぁ、そりゃ……」
「えー、どうしよっかなぁ〜っ」
我慢、ガマン…………無理、かも。
「そんなに言うなら――」
火力を増す炭火とともに、反撃の狼煙が今まさに上がろうとした、その時。
「――まぁでも、そだね。私も、佳生には見てもらいたいし」
さっきまでとは打って変わった静かな声が、俺の言葉尻を取った。
夏生?
パチっと火花が音を立て、近くの黒い炭が紅く色を変える。それとは裏腹に、急速に冷えていく反撃の気持ちの出所を追うように、俺は視線を上げた。
「それに、今回は、私が稼いだお金で初めて買った物だし!」
しかしそこには、得意げに胸を張り、数瞬前と変わらない夏生の姿があった。
「あ、あぁ……そっか。アルバイト、してたんだっけ」
気のせいか、と思い直し、俺は前に夏生から聞いた話を思い出す。
実は、夏生はここ最近、キャンプ場でアルバイトをしていた。なんでも、人間姿でキャンプ場を歩き回ってる際に偶然仲良くなったおばちゃんが貸し別荘の管理人らしく、そこの掃除を頼まれているらしい。ちなみに、今日借りている海の近くの貸し別荘もそのおばちゃんのツテで、破格の値段だった。
水着は、そのアルバイトで稼いだお金で買ったらしい。ただ、前と違って俺は一緒に買いに行ってないので、どんなものを買ったのかは全く知らなかった。
「そう! だから、やっぱり佳生には見てほしいっ!」
前よりも一段と大人びた顔いっぱいに無邪気な笑顔を広げて、夏生は俺の顔を覗き込んできた。
途端。一抹の違和感が、瞬く間に照れくささへと塗り替えられていくのがわかった。顔が、異様に熱い。美人の、それも好きな人の子どもっぽい笑顔は、正直言って反則的過ぎる。
「そ、そっか……それで、どんなの?」
そんな気持ちを悟られないよう、徐々に燃え上がる炭火へと注意を戻し、俺は尋ねた。
「んーでも、まだ秘密! もう少し涼しくなってから、かな?」
明るい彼女の声が、耳に届く。しかし、俺の心には新たな不安がよぎった。
「もしかして、体調きつい?」
時々忘れそうになるが、夏生は雪女だ。成長に伴って能力や特性がパワーアップしているといっても、熱に対する脆弱性だけは変わらない。今ではすっかり俺の病気も治っているため耐性をあげることもできず、俺たちの直近の悩みの種だった。
「ううん。佳生がくれたこの服のおかげで、今は大丈夫。でも、脱いじゃうと多分動くのしんどくなっちゃうかな」
フードの下から青い瞳を覗かせて、彼女は短く笑った。
夏生の言う俺があげた服とは、オーダーメイドの断熱性に優れたコートのことだ。痛熱病の発作を抑える時に熱を吸い取るような感覚があったので、熱伝導性に着目して調べているうちにもしやと思いプレゼントしてみたところ、かなり楽になったらしい。
ただ、それでも――。
俺と夏生との間には、生物間の壁とでもいうべき決定的な差が存在していた。
「そっか。じゃあ、夕方まで我慢しとく」
でも、その差にうじうじしてもいられない。
一度は消え、大気に溶けてしまった夏生が、奇跡的にまたこうして俺たちと一緒にいる。それだけで、俺は充分だった。
「うん! 楽しみにしておいて!」
朗らかに笑う夏生。
海風に乗って、潮の香りが鼻先をくすぐる。
うん、大丈夫。
すぐそばで、小さな炎がパチリと弾け、静かに燃え盛っていた。
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