縮まる距離と、変わる心(3)


 それなのに。


 そんな私の心は、知らないはずなのに……。


 肝試しが終わり、みんなが寝静まった真夜中。

 彼の発作をいつも通り抑え、耐性をもらって、ふたりで星を眺めていた時のことだった。


「ただ……契約が終わったら、夏生はどうするんだろう…………って」


 私が先に聞いちゃったのも悪いけど。彼はそんなことを、夜の闇が濃密に広がる森の中でつぶやいた。


 なんて、返せばいいんだろう。


 彼が、何かに悩んでいるのはすぐにわかった。でもそれは、もっと違うことだと思っていた。岡本くんと何か話していたし、奈々ちゃんとのこととか。あるいは、痛熱病に関することとかだろうと、思ってた。だけど……


「……んー、考えてなかったなー。どうしよう?」


 早く、何か言わないと。そんな焦りから、思わず不細工な笑顔と一緒に言葉を返してしまった。



 なんだか、ここのところ変だ。

 さっきも、昔のことを執拗に聞いちゃったし。忘れられても仕方ない、むしろ距離が取れるんだから良いって、思ってたはずなのにな。

 それに花火大会の話が出た時も、「行こうよ!」ってほぼ無意識に言っちゃってたし……。


 ……今も。みんなを怖がらせないように、こうしてひとりで過ごしているところに佳生が来てくれて、すっごく嬉しくなってるし……。ひとりでいることには……慣れているはずなのにな……。

 

 …………ほんと私、どうしちゃったんだろう。


 言葉にできないもやもやが、頭の中に広がっていく。不確かで、不鮮明なそれは……私を、なにか別の私にしてしまいそうで。でもそれは、決して嫌な感じじゃなくて…………。


「さっ、そろそろ寝よ?」


 得体の知れないその気持ちから逃げるように、私は立ち上がった。なるべくいつも通りに、昔の彼の面持ちを思い出して――笑う。


 私は、上手に笑えているかな?

 私の心のもやもやが、バレてないかな?

 あなたは……笑ってくれているかな?


「……いや、今日はもう寝ない」


 彼の声が、静寂の闇に響いた。


「え?」


「どうせ夏生は寝ないんだろ? だったら俺もここにいる」


 何を、言っているの? 私は、大丈夫だよ……?


「え? い、いや、私も寝るよ? 佳生から耐性をもらったから」


 さざ波立つ心を落ち着ける間もなく、私は口を開いてしまった。あ、まずいや。これは、絶対にバレる。


「んじゃ、夏生からテントに戻って。寝たと思ったら俺も戻る」


「いや、それは……」


「じゃあ、黙って座って」


 半ば強引に、彼は私を元の石に座らせた。

 普段はどこか女々しいというか、慎重そうな部分があるのに。どうしてたまに、こんなことをしてくるんだろう。


「……うん」


 でも……。

 

 そんな、佳生だから。


 優しくて、とっても頼りになって、心に寄り添ってくれる佳生だから――私は、最初に決めた心の距離を、保てなかったんだ。

 この心に宿っている確かな温もりは、彼から耐性をもらったからだけじゃない。


 ――なんかね。一緒にいると落ち着くんだ……もっと一緒にいたい、っていうか


 昼間に聞いた言葉が、脳裏を横切る。


 ――楽しい時間は共有したいし、悲しい時は支え合いたいって思う……って、やっぱり恥ずかしいよー!


 あぁ、奈々ちゃん……。私も、この気持ちの正体に気づいてしまったかもしれない。


 何度目かになる、沈黙の時。

 私と佳生が一緒にいて、言葉が失くなる時なんてほとんどなかった。話題は尽きないし、とても楽しかったから。


 でもこうして。言葉のない時間を一緒に過ごして、わかることもあったんだね。


 いつもひとりでいる時よりすっごく落ち着くし、永遠に続いてほしいって、思うよ……。



 この気持ちが――――好きって、気持ちなんだね。



 この先にあるのは、ほぼ確実に、私が消える未来だ。佳生が私のことをどう思ってくれているかはわからないけど、彼は、を聞いてくれた。

 彼が――佳生が、未来を見つめてくれたんだ。その希望を、掻き消すようなことは絶対にしたくない。



 私が、佳生のために遺せるものは、なんだろう。



 最初の頃から随分と変わってしまった心のカタチを抱き、朝日に微かな願いを託して、私はそっと立ち上がった。



 新たな決意を、仄かに胸に灯らせて――。



Side1 <完>

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