Side2 再会と、別れと
かけがえのない二人のために
濃密な新緑の香りを鼻に受けつつ、俺は目の前を遮るやたらと長い葉をかき分けた。
親友の背中はすっかり緑色の中に紛れてしまい、頼りになるのは不自然に折れた小枝や茎だけ。しかしそれも、うっかりすると見落としかねないくらい分かりにくい。もし見落とそうものなら、完全にあいつとはぐれてしまうだろう。
「か、佳くん……ちょっと待っ――きゃっ⁉」
「うおっと! 大丈夫か?」
突如重みの加わった左手にバランスを崩しながらも、何とか彼女を抱きとめる。
「ご、ごめんね。足を取られちゃって……」
「いや、俺の方こそごめん。もう少し、ゆっくり行こう」
「霜谷くんは?」
セミロングの黒髪に、くりっとした大きな瞳。小柄で華奢な背格好も相まって、まるで小動物のような見た目の佐原奈々は、心配そうな面持ちで見つめてきた。
「もう見えないけど、多分そんなに離れてないと思う……」
身長差で必然的に上目遣いになる彼女にドキリとしつつも、今はそれどころじゃないと首を振って思考をゼロにする。そんな俺の気持ちは露知らず、奈々はきょとんとした顔で「どうしたの?」と聞いてきた。
「……なんでもない。さっ、行こうぜ」
ぶっきらぼうにそう返すと、彼女の手を引いて先へと歩を進めた。
最近、奈々を見ると異様に顔が熱くなる。付き合っているのだから別に不自然じゃないんだろうけど、なぜか付き合った当初よりもひどくなっている気がする。
「……霜谷たちの、おかげか……」
自分にしか聞こえない声で、そっとつぶやく。
以前の俺は、半分無意識に人を避け続けていた。本音を口にしないのも、意識的にやっているうちに自然とそうなっていた。呼吸をするように、その場に適した言葉を発し、表情を作る。慣れればなんてことない作業で、段々それが自分の本心であるかのように思えるくらいだった。
でも、それに反して俺は寂しさも感じていた。友達と笑い合っている時もどこか孤独で、心の底から楽しめなかった。どこか冷静に、冷めた目でその状況を分析している自分がいた。そして、このままじゃダメだと思っている矢先に、俺は奈々と出会った。
彼女は、ただただ一生懸命だった。俺が適当にこなしていることも、真面目にやっていた。なんでそんなに頑張れるんだろうって、思った。最初は、その程度だった。
それが変わったのは、唯一真剣に書き上げた作詞ファイルを偶然見られた時。後の黒歴史にすらなり得るそれを、奈々は否定することも茶化すこともなく、ただ真っ直ぐに褒めてくれた。
それから、霜谷だけでなく奈々にも、ちょくちょく歌詞を見せるようになった。彼女は優しい眼差しで歌詞を読み、時には笑い、時には泣いて、素直な感想を言ってくれた。彼女の言葉の多くは、まるで心に寄り添うように、俺の奥底に沁みていった。
気がつくと、俺は奈々のことが気になり始めていた。恋愛なんて、絶対しないと思っていたのに。
それから、なんとか変わろうともがいた。慣れない告白をして、予想外にも付き合えて、一緒に時間を過ごして、知らなかった彼女の過去を知ったりもして……。
でも、俺は変わり切れずに、結局彼女を傷つけた。
別れてもおかしくなかったのに。
あいつと、あいつの大切な人は、それを許さなかった。
「佳くん! そろそろ抜け出せそうだよ!」
目の前に広がる茂みの隙間から、別の景色の破片が見える。奈々の言葉を合図に、俺たちはより一層手を固く繋いで、駆け出す。
今の俺たちがあるのは、霜谷と、雪村さんのおかげだ。
何度も感謝してきたし、まだ感謝し足りない。
俺はもっともっと、二人の力になりたい。
最後の長草を払うと、視界いっぱいに季節外れの黄色が広がった。
俺はこの二人のために、何ができるだろう?
小さなひまわり畑に佇む二人を前に、そんなことを俺は思った。
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