溢れ、零れる気持ち
秋の日差しが降り注ぐお花畑の中心に、私の友達はいた。
艶やかで透き通るようなスノーホワイトの髪に、吸い込まれそうな深さを帯びた青い眼。新雪を思わせる白銀の肌と薄い着物のような服は、幼い頃に聞いた童話を彷彿とさせる。
「夏生、ちゃん……」
口の隙間から零れた私のつぶやきは、彼女には届いていない。というより、彼女の瞳に映っているのは、おそらくただ一人。
私が佳くんのことで悩んでいた時に、真摯に向き合い、諭してくれた人。彼のおかげで、私は大切な人との溝を埋め、こうして手を繋げている。
そんな思いやり溢れる彼の背中が、ぐらりと傾いた。
――佳生っ!
元気で明るい声と、眩しい笑顔が似合う彼女には不相応な、悲痛な叫び声。間一髪のタイミングで抱きとめた夏生ちゃんは、そのまま徐に彼をミニひまわり畑の上に寝かせた。
なぜか、動けなかった。
今、このお花畑の中に足を踏み入れてはいけない。そんな気がした。
夏生ちゃんは霜谷くんの胸とうなじに手を当てると、そっと目を閉じた。
直後。私は思わず目を見張った。
青い光が、彼女の白い身体を包み込んでいた。上方から差し込む陽の光とはまた違った、ぼんやりとした輝き。その光景はとても神秘的なのに、どこか寂寥感をはらんでいた。
それから、どのくらいの時間が経過したのか。
一瞬だったような気もするけど、もっと長い時間だったような気もする。
「岡本くん、奈々ちゃん」
いつの間にか、彼女の身体を取り巻いていた青い光は消え去っていた。優しく、儚げな微笑みを浮かべた夏生ちゃんが、私たちを見つめていた。
「夏生、ちゃん……」
霜谷くんを寝かせ、その傍に立ち尽くしている彼女の元に、数歩近づく。足元で、さっきまでとは違う葉音が小さく響く。
「夏生ちゃん……っ!」
言葉より先に、気持ちが溢れてきた。
どんどん熱くなる目元を拭うこともせず、私はただ歩調を早め、駆け出し、姿の変わった友達に抱きついた。
「夏生ちゃん……夏生ちゃんっ!」
この季節にしては異常な冷たさが、肌を刺す。でも、不思議と嫌な感じはしなかった。むしろ心地よくて。肌は冷たいけど、心はほんのりと温かくなって。
「奈々ちゃん。ごめんね」
久しぶりに近くで聞いた彼女の声は、やっぱり優しかった。姿かたちは変わっても、夏生ちゃんは夏生ちゃんだ。優しくて、友達思いで、明るさの中に小さな寂しさを残していて……。
「ううん……ぐすっ……謝ら、ないで。私こそ、気づいてあげられなくて……ごめんね……」
その寂しさが何なのか。今ごろになって知るなんて、友達失格だ。もっと早くに気づいて、力になることができていたら……。
「奈々ちゃんも、謝らないで。私が、言わなかっただけだから……。だから、今、言わせてほしいの……」
私と同じくらい震えた声で、夏生ちゃんは言った。
「私のことと、今後のこと。そして……最後のお願いを、聞いてほしいの……」
辺りでざわめいていた葉擦れの音が、鳴り止んだ。
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