Extra これまでの夏。これからの夏。

ある冬明けの記憶



 君は二回、俺の前から姿を消した。


 一回目は、幼少の頃。まだ小学生だった俺は、何も知らず無邪気に笑いながら君と遊び、またいつか会えるだろうくらいに思って別れ、テントに帰る途中で急に寂しくなって泣き喚いた。


 二回目は、十七歳の時。高校生になってすぐ痛熱病に侵され、全てを諦めていた病床生活のさなか。六花ちらつく初夏に君と再会し、幸せなひと夏を君と過ごし、冬が来る前に君は消えた。俺の病気を治すという契約を愚直に遂行し、冷め凍りついていた心を溶かして、君は消えてしまった。


 あの頃の気持ちは、今でも忘れたことはない。純粋で穢れなく泣き叫んだ小学生の時の気持ちは一度、すっかり忘れてしまっていたのに。


 君がいなくなった時は、喪失感でいっぱいだった。

 悲しさで胸が張り裂けそうで、寂しさに押し潰されそうで……。自分でも女々しいと思ったけど、どうしようもなかった。抑えきれなかった。それくらい君の、夏生の存在は、俺の中で大きかった。


 君から貰ったボイスレコーダーと栞と花言葉は、本当に嬉しかった。だけど、それと同じくらい悲しくもあった。だって、あのボイスレコーダーを撮った時には、君はもう消えるつもりでいたってことだから。


 最後の最後まで明るく、快活に笑って話す君の声は、とても切なく心に沁みてきて……。だけどそれは、前を向いて歩く希望と力を、俺に与えてくれて……。


 悔しいけど、多分俺は君の思い通りになってしまったんだと思う。


 君がいなくなっても、前を見据えて歩いていけるように。


 君との過去に囚われることなく、未来を見つめて生きていけるように。


 確かな覚悟と信念をもって、死の淵から生へと俺は近づいた。近づけた。

 君のおかげで、俺は死にゆこうとしていた絶望を断ち切れたんだ。





 ――それなのに。





 君はまた、俺の出鼻をくじこうというのか。

 唖然として声も出なかったし、進級をかけたテストや将来を決める大学受験ですらならなかった頭真っ白状態に、その時の俺はなってしまっていた。


「えへへ……」


 気まずそうに、照れくさそうに笑う君に、俺はどんな表情を向けたら良かったのか。


 全く……どこまでもこっちの常識を超えてくる雪女だな。



 あの時の感情も、俺は一生忘れないからな――夏生。

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