縮まる距離と、変わる心(1)
それからの日々は、夢のようだった。
契約、という形で、ある程度佳生とは距離を取ったつもりだったのに。それはまるで無意味なもののごとく、彼との距離はみるみる縮まっていった。
再会して以降。初めて佳生とふたりで訪れたのは、病院の裏手にあるひまわり畑だった。
「わぁ! すごい!」
私は、心から歓声をあげていた。
キャンプ場にあるミニひまわり畑とは、花そのものの大きさも、ひまわり畑としての広さも全然違う。遥か彼方、どこまでも続く黄色の楽園に、私の心はウキウキだった。
ただ。私が舞い上がっていた理由は、もうひとつあった。
――ようこそ! 私の秘密の場所へ!
あの日。まだ幼い佳生を、私の大切な場所に連れて行った時のことを、もしかしたら彼は無意識のうちにでも、覚えていてくれたのかもしれないから。
「すごいだろ? 病院に来るときに一度見てさ、すごく感動したんだ」
得意げに語る彼の顔に、幼い頃の自分の面影が重なった。
そうだったら。少しでも覚えてくれていたら、いいな……。
淡い期待をそっと胸に仕舞い込んで、私は彼とのひと時を楽しんだ。
七夕っていう物語を佳生が教えてくれた時も、私は幸せだった。
人間のことについては、あの手この手で調べてそれなりに知ったつもりだった。ただそれでも、知らないことはまだまだあった。七夕の物語も、そのひとつだった。
最初は、失敗したなって思った。だって、七夕物語について語ってくれた時の佳生は、何かをグッと堪えるような表情をしていて、とっても辛そうだったから。
だから、くだらない質問を繰り返して、なんとか彼の気持ちを紛らわせようと頑張ってみた。我ながら「織物をしているお姫様で織姫はわかるけど、なんで牛飼いをしている男の人が彦星なんだろ?」とか、ほんとどうでもいいと思う。……少しは知りたい気持ちがあったのも、確かなんだけど。
それから、抜け出す提案をして。
突然現れた佳生のお母さんに心底驚いて。
病室の扉越しに、私の名前について話してるのを聞いて……。
やっぱり、私のことを覚えていなかったのは、悲しかった。完全に私のわがままなのに。それでも、泣きそうになった。唯一、ありのままの私を受け入れてくれた人だったから……。
――だから。
満天の星空の下で思わず零してしまった私の本音に、彼が「応えてくれた」のは嬉しい誤算だった。
ほんとに、実は覚えてるんじゃないのかって言いたくなった。
でも。恥ずかしそうに、照れ臭そうに名前の理由を話す彼の目を見て、ほんとに覚えてないんだってわかった。病気で苦しみ、昔のような明るさを失った今でも、心の根っこは変わってないことに喜びを感じつつも、やっぱりちょっと、泣きそうになった。
ずっと変わらない、彼らしさを見たことへの喜びからか。
思い出してくれないことへの悔しさと、悲しさからかは、わからなかったけれど。
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