第37話 経緯と、経過(3)


「佐原さん」


 ここまで聞いて、それだけ彼女が悩んでいるなら、言うしかないと思った。

 本当は言おうかどうか迷っていた。やっぱり本人の口から聞くのが一番だろうし、部外者の俺が言うのも気が引けたから。

 でも、このまますれ違いが続けば、岡本たちの仲がどうなるかわからない。岡本は俺の一番の友達だし、佐原さんはその彼女だし……。そして夏生の、初めての友達だろうから。


「岡本の家が母子家庭の理由、知ってる?」


「え……?」


 突然の話題に、佐原さんは戸惑いの声をあげた。

 そしてしばらく考えると、ふるふると首を横に振った。


「実は、岡本の両親は離婚してて、それを岡本は自分のせいだと思ってた時期があるんだ。そしてそれは、多分まだ、あいつの中でくすぶり続けているんだと思う」


「え、どういうこと……?」


「詳しいことは、岡本から直接聞いた方がいいと思う。でもそれ以来、岡本は自分の考えていることをあまり話さなくなった。特にそれは、恋愛とかそういうものに関する時に強く出てるんだ」


 今思えば、あのキャンプで執拗に俺と夏生とのことを聞いてきたのは、そういったものへの不安があったからかもしれなかった。佐原さんが言うように、岡本は俺にはそれなりにいろいろ話してくれていた。それに安心し、気づけなかった自分が、なんだか情けなかった。


「でも、あいつはあいつなりに少しずつ変わろうとしてる。佐原さんと付き合ったことも、この仲直りも」


「私と、付き合ったことも……?」


「うん。だから……もし無理じゃなければ、これからもあいつを、岡本を支えて、そばにいてやってほしい」


 そばにいてくれるだけで心強いし、勇気づけられる。そのことを、俺も最近知ったから。

 俺はベンチから立ち上がり、佐原さんに頭を下げた。昼よりも長くなった影が、二つに折れる。その動きを視界の端で感じながら、俺は彼女の言葉を待った。


「……霜谷くん、頭を上げて?」


 折れた影が、真っ直ぐになる。


「霜谷くん、教えてくれてありがとう。おかげで、少し胸のつかえがとれた気がする。まだ不安もあるけど……やっぱり私は、佳くんが大好きだから、離れられないよ」


 茜色の陽光が、彼女の晴れ晴れとした顔を照らした。


「そっか。ありがとう」


 逆光の影の中、俺も小さく笑った。本当に良かった、と思った。


「ふふっ。なんだか、ここに来て霜谷くん、頭を下げてばっかりだね」


「ああ、全くだ」


 本当に、なぜ岡本ではなく俺なのか。


「でもね、しっかり夏生ちゃんのことも、気にかけないとダメだよ?」


 夏生……?


「ああ、もち、ろ……ん……」


 午後四時を知らせるアナウンスとともに、不安と焦りが急激に心の中で渦巻いていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る