第36話 経緯と、経過(2)


「私と佳くん……最初はそこまで親しくなかった。むしろ、私はあまり好きじゃなかったの」


 彼女は確かめるように、缶のふちを指でなぞった。


「佳くんと私は、学校で偶然同じ委員になって……それから、放課後に話すことが多くなった。佳くんは優しいんだけど、自分の思ってることはほとんど言わなくて……なんか、全て適当にこなしてるって感じだったの」


 なるほど、と思った。確かに岡本は、ほとんどのことをそれなりにこなして、後はだいたい周りに合わせていた。自分のことは言わない。他人のことにも踏み込まない。あの時以来、彼はそういった感じに変化していったのは、間違いなかった。


「私は当時、小説家って夢を……きれいさっぱり諦めようとしていた。委員会とか勉強とか、学校のことを一生懸命にこなして、忘れようとしていたの。……だからかな。その時の佳くんの態度とか、姿勢とか、すごく嫌だなって、思ってた」


 そこで一度、佐原さんは缶ジュースを飲んだ。何かを、飲み込むように。


「……でもね。ある日たまたま、佳くんの作詞ファイルを見てしまって……。そこには、佳くんが一生懸命考えた歌詞がつまってた。でもそれは、とても悲しくて、とても辛そうだった。その時、私わかったの。佳くんは、何かに苦しんでて、本当は自分の気持ちを、もっともっと言いたいんだって……」


 佐原さんの声は、少し震えていた。


「その時から佳くんのことが気になり始めて、支えたいなって思った。そうしてたら、なぜか告白してくれて……嬉しくて、付き合い始めたの。付き合ってから、佳くんは前よりもいろいろなことを話してくれた。作詞のこと、夢のこと、もちろん霜谷くんのことも。……でも、佳くんが自分の思ってることをあまり話さないのは、変わらなかった。いつも気を遣っていて、話し方は親しげなんだけど、どこか距離があって……」


 そこで、佐原さんはすぅっと息を吸い込んだ。残暑を含んだ空気が彼女の胸に入り、抜けていく。


「でも佳くん、霜谷くんといる時は、そんな感じがあまりなくて……すごく驚いたし、嬉しかった。でも、それと同じくらい不安にもなった。もしかしたら……私じゃ支えられないのかな、って……。そんなこと考えてたら、あのコンテストの結果発表の日、空回りしちゃった……」


 誤魔化すような佐原さんの笑顔が、目の前で小さく揺れた。


「私、どうしたらいいのかわからないんだ。このまま仲直りしても、また同じように支えられずに、喧嘩して……どんどん溝が深まっていくんじゃないかって……」


 小さな笑顔とは裏腹に、その目元に溜められた涙が彼女の感情を物語っていた。多分、今回以外にも知らないところでいろいろあったのだろう。その不安や思いが、今回の喧嘩で爆発してしまったことが見て取れた。

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