第4話 出会い


 雪にしては明らかに大きく、感触もしっかりとしている。これは……、


「手……か?」


 冷たい、小さな手のひらが、俺の両頬にあてられていた。視界の端には、人の腕らしきものも見える。


「だ、誰?」


 痛みをこらえながら聞いた。さっきまで握っていたはずの注射器のキャップも、もうどこかに行ってしまって俺の手の中にはない。意識も、そろそろ限界だった。


「大丈夫。じっとしてて」


 透き通った、綺麗な声だった。心の中までみ渡ってくるような、澄んだ声。

 さっきまで誰もいなかったはずなのに。というか、看護師さんとかなら早く先生を呼んだ方がいいんじゃないのか、と思った。

 その誰かは、両方の手のひらを俺の頬にあてたまま微動びどうだにしない。

 俺の態勢はほとんどうずくまっている状態なので顔も見れず、何をしようとしているのかもわからなかった。


「あの……」


 先生を呼んでもらえますか。そう言おうとした時だった。


「え?」


 身体中に走っていた痛みが急に和らいだ。

 あの焼かれているような熱さも同時に引いていく。

 鼓動も徐々に落ち着き、息苦しさもうそみたいになくなっていった。

 注射でも打ってくれたのかと思ったが、太ももや二の腕に針を刺されたような感覚はなかった。まるで、両頬にあてられた手が、痛みと熱さを吸い取ったかのようだった。

 いったい、何をしたんだ?

 俺はクリアになっていたはずの頭であれこれと考えを巡らせるが、もちろん答えは出ない。それどころか、むしろどんどん頭の中がこんがらがっていった。

 まぁ、いいや。いろいろ気になることはあったが、それは後回し。とにかくお礼を言おうと、俺は顔をあげた。


「は?」


 思わず、頓狂とんきょうな声を発してしまった。目の前にいたのは、この世の誰しもが考えることなく無意識に描いているはずの、「人間」ではなかったからだ。


「ふふっ、驚いたでしょ?」


 悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべながら、目の前の少女は答えた。サアッと風が吹き、彼女の「白い」長めの髪がたなびく。


「…………えっと、どなた、でしょうか?」


 頭の中ではクエスチョンマークが無数に乱立していたが、ひとまず「普通の人間」という前提で聞いてみる。明らかに白すぎる肌からしても、とてもそうは思えないが。


「誰だと思う?」


「へ?」


 間抜けな声が出た。そもそもそれがわからないから聞いてるんだよ、と思った。


「ふふっ。正解は、雪女だよ」


 少女はあっけらかんとした様子で答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る