第2話 痛熱病と始まりの雪


 痛熱病つうねつびょう

 それが、俺が去年の梅雨ごろに発症した病気の名前だ。


 発症すると基礎体温が上昇し、時々身体中が焼けるような痛みと熱さに襲われる。この、いわゆる発作が、痛熱病患者を一番苦しめていた。現在の医学では、発作をある程度鎮めるための鎮静剤くらいしか治療法がない。発症者も非常に少なく、原因もまだ解明されていなかった。病気の進行とともに発作の度合いは重くなり、頻度も増す。そして最終的には、重度の発作によるショックで死に至る人がほとんど、という難病なのである。

 この病気を発症してから、俺は死に物狂いで勉強して受かった高校へも行けず、すさんだ病床生活を送っていた。忌々いまいましい発作も、最初のころは数日に一回程度だったのだが、ここ最近は一日に数回起こっても珍しくない。そのため、鎮静剤の入った自己注射用の注射器を、常に携帯させられていた。


 なんて人生を歩むことになったんだろう、俺は。

 本当なら今ごろ、高校二年生という青春を満喫しているはずだった。しかし、この痛熱病のせいで青春はおろか、出席日数の関係で未だに高校一年生である。といっても、もう高校に復帰することなどありえないので、どうでもいいのだが。

 そんなことをぼーっとしながら考えていると、不意に母が言っていたことを思い出した。


 ――気温計を見たら十度だって。


 六月も後半にさしかかり、今から本格的に夏だというこの季節に、十度というのは確かに異常だと思った。なんとなく興味がわき、看護師さんが来るまでまだ時間があることを確認してから、ベッドを降りた。病室から出てエレベーターで一階まで降り、そのまま廊下を二回ほど曲がって裏庭へと続く扉を開ける。

 裏庭には、くたびれた芝生と小さなベンチだけが無造作に置かれていた。そんな病院の敷地と外との境目には、裏庭を囲うようにして垣根と木々が植えられている。人は滅多におらず、分厚い扉のせいで病院内の喧騒けんそうも聞こえない。ここだけまるで別世界、という感じがした。

 この俗世から離れた場所みたいな雰囲気が好きでたまに来ているのだが、今日はいつもと明らかに様子が違っていた。


「雪……だ」

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