第38話:ほげ・ふれ(Forget friend)
「明けましておめでとうございます」
「今年もよろしくな。
新年を迎えることができた。
「というわけで行ってきます」
新年早々から本社の呼び出しがかかった
「いってらっしゃい」
あたしは満面の笑みで彼氏を送り出した。
年明けから顔を見続けられないのは残念だけど、気持ちが通じ合った手応えを感じているあたしは、信じて待っていられる。
RRRRR
「明けましておめでとうございます」
本年二度目のあけおめ。電話越しだけど、大切なのは相手を想う気持ち。
隆紫に振られたあの日、両親にあたしと隆紫が付き合ってることを報告していたことを知らされた時は、恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
けど両親はあたしたちを認めてくれた。
多分だけど、隆紫が覚悟を見せたんだと思う。
「明けましておめでとうございます」
「あけおめー」
隆紫はどうせ元日でも仕事で呼び出されるだろうと読んで、前もって
だいぶパターンを読める手応えを感じている。
「それでね、隆紫ってば何を思ったのかいきなりあたしを疑ってきたのよ」
初詣へ行く道すがら、ここ数日で起きた波乱の日々を薫に説明した。
結局あの件は裏の事情を問い詰めることをせず、今に至っている。
「そーだったんだ?大変だったでしょ」
「そうなのよ!隆紫がすぐ追いかけて実家に来たけど、朝までこの寒さに耐えて座り込んでたのを見た時は、さすがに凍え死んじゃったかと思ったわよ!」
「焦ったでしょー?」
「そりゃもう最悪の事態を考えちゃったわ!あたしが意地を張らなければ、と後悔しかけた時に目を覚ましたから、安心して思いっきり泣いちゃったし!」
こんな話をしながら、人気があって人が集まる神社へたどり着く。
「で、他にも言うことあるんじゃないのー?」
ギクッ!
「な…なんのことかなぁ?」
「目が泳いでるわよー?その肌ツヤを見れば察しはつくけどねー」
はあ…
ごまかしきれないことがわかったあたしは、隆紫としたことを薫に話した。
「ついにヤッたんだねー!」
「だから話したくなかったのに…」
あたしはため息まじりに本心をこぼす。
「すごい人出だねー。みんな暇なのかなー?」
「それ、あたしたちもその暇人になっちゃうわよ」
1メートル先の地面が見えないほどのごった返しに巻き込まれながら、牛歩みたいな足取りで先へ進む。
少し後ろにいたガチムキ黒服は、人混みをかき分けきれずじりじりと離れ始める。
計算したわけじゃないけど、次第に姿が遠くなって、ついに見えなくなった。
しかしあの
あたしが外に出ると必ずそこにいるし。
隆紫もいい加減護衛を外してくれてもいいのに、あの誘拐騒ぎ以後は神経質すぎていくら頼んでも護衛を外してくれない。
そうそうあんなことが起きるわけないのに…。
パンパン
あたしは賽銭箱の前までたどり着き、お賽銭を入れる。
(こうして隆紫と心を通い合わせられました。ありがとうございました。今年も見守っていてください)
神様へ新年の挨拶を済ませ、ゴミゴミした賽銭箱の前から横へ離れる。
「ふー、すごい人の数だったねー」
「国内有数の初詣スポットだから仕方ないわよ」
二人で米びつに保管された米粒ような混雑を抜け出た先で一息つく。
官司さんの姿は見えない。
見つかるとまた後ろに張り付かれるから、見つからないうちにその場を後にした。
「ねーついてきた黒服の人はいーの?」
「いいのいいの。毎日付きまとわれて迷惑なんだから」
「そんなめーわくしてるならはっきり言えばいーのに」
「何度も言ってるわよ、隆紫に。けど隆紫が絶対に譲らなくてあの護衛を外してくれないのよ」
思い起こせば、あの誘拐事件で隆紫に官司さんの護衛を絶対外さない決意を固められてしまった。
官司さんは今頃泡食って必死に探している最中かもしれない。
彼には悪いけど、たまには監視の目が無い自由を楽しみたいと思って、その場を離れる。
「言うかどうか迷ってたけど、やっぱり言うことにしたよー」
「何を?」
唐突に話し始める薫の言葉に耳を傾けた。
「去年に茜が
「何よそれ…?」
「詳しくは知らないけど、明先さんには司東さんから、司東さんには明先さんからとゆーことにした手紙で二人を呼び出して、影でこっそり二人の会話を聞ーたんだよ。
そしたら明先さんが、司東さんにすごく怒ってた。キス未遂だったことも聞ーた」
「そうだったんだ…司東さんって確か体育祭で一緒の係になった人だけど、何があったの?」
「それはわかんなーい。けど茜と関係がこじれた原因なのは確かなこと。後は明先さんに直接聞ーたらどう?」
「…うん、そうする」
あの件は前から謎だった。
どうして隆紫があたしを疑ったのか。
関係が戻ったことでうやむやなまま今に至っている。
けどこれでヒントは掴んだから、それをきっかけに聞ける。
「ねー、せっかくここまで来たから散歩してこーよ」
「そうね。黒服も撒けたし、久々に羽根伸ばせそう」
薫が社から少し離れた売店みたいな場所で足を止めた。
「おみくじ引ーてみよーよ」
「そうね」
初穂料を払って、おみくじ筒を振ると中の棒がかき回されて、ガシャガシャ音を立てる。
筒を逆さにすると、箸より細い棒がストンと降りてきた。
棒はほとんどが見えている状態だけど、筒から出きらずわずかな突起で引っかかっているように見える。
そのままカウンター越しに棒が出た状態の筒を手渡す。
「は21ですね。こちらでございます」
受け取ったのは、やたら長い短冊みたいな紙。
「…あれ?おみくじっていつも畳まれてるような?」
「こちらでは、畳まずにそのままお渡ししています」
「そうなんだ?」
見ると、畳んだ状態で渡すことを前提としている造りで、こうして畳まないまま渡されるのはどこか新鮮な感じがした。
「さて、吉かな?凶かな?」
渡されたおみくじを眺めていると、期待する文字がどこにも見当たらない。
「あれ?これって…」
「あー、ここのは吉とか凶の指標はないよー。詩が書かれてるだけで、自分なりに内容を解釈するよーになってる」
あたしの言いたいことを察したのか、薫が解説してくれた。
「ふーん、他とは違うんだ?」
「吉凶判断をしなくて済むから、感じたままうけとめられるでしょー」
隆紫との将来を占ってみたかったけど、どうやらここではそれができないらしい。
けど初詣らしくていいかもしれない。
あくまでも初詣は神様への挨拶だけ。
お願いごとをするのはそれ以後にするのが作法だから。
「しっかし広いわね。こんな場所にこれだけの広さってなかなか無いわよね」
「そーそー。春は桜を楽しめる公園もあるし、イベントもよくやってるから、ときどき来てるんだよー」
パワースポットとしても有名なこの場所は、冬の寒さも手伝って凛とした空気が感じられる。
整備された砂利道や石畳を踏みしめて、二人で見渡す限りの樹林道を進む。
「冬だから枯れ木ばかりかと思ったら、意外に緑が多いね」
「常緑樹があるからでしょー。一年中葉っぱを着ける木もあるんだよー」
お宮からかなり離れたところまで来た。
そろそろお昼になる頃だけど、早めに行かないと昼食をやってるお店で並ぶことになるかもしれない。
「ねー、どこでお昼にしよっか?」
「お手頃なチェーン店でいいんじゃないかしら」
以前に隆紫と高級レストランに行ったことはあるけど、さすがに堅苦しい気がしてあまり料理を楽しめなかった記憶がある。
これ以上なく美味しいけど、楽しめるかは別の話。
「ビュフェなんかもいーと思わない?」
「ビュフェなら決まっている金額で楽しめるわね。それいいかも。それじゃ、そこを曲がったら街の方へ向かいましょう。どこにするかは出てから決めてもいいわね」
分かれ道に差し掛かり、街中へ出る方向へ進む。
「それじゃーお手洗い行ってくるねー」
薫は小さなコンクリート造の建物へ足を向ける。
「うん、いってらっしゃい」
周りを見渡すと、行き交う人はかなり少ない。
案内看板地図が目に入ったから、あたしはお手洗いから少し離れた看板の前へ足を運んだ。
「彼女ぉ、一人ぃ?」
軽薄そうな声色で後ろから声がかかった。
「お
目を合わせると思い上がると判断して、振り向きもせずに返事する。
「今はこのあたりか…」
地図を確認して、声をかけてきた軽薄そうな男を無視する。
「おっ、なかなかかわいーじゃんか」
無視しても引き下がらない男は、前へ回り込んできて顔を覗き込んできた。
「えっと今は10時だから…」
「おい無視すんなよ!」
腕時計を見て考え込むふりをしてみる。
「そろそろお手洗いから出てくる頃かしら」
男を完全に無視して看板の前から離れようとした瞬間…。
「んぐっ!」
後ろから腕を顎下に回されて、強烈な力で締め付けられる。
「おい!足持て足!」
どこから出てきたのか、仲間と思われる男二人があたしの足を片方ずつ掴んで持ち上げられる。
バタバタと暴れてみるけど、ガッチリと掴まれた足は振りほどけそうな様子すら無い。
見る間にひとけの無い林の中へ連れ込まれてしまう。
「いや…やめてっ!」
やっと足を離してくれたかと思ったら、周りはもう道らしい道すら無く、生い茂った草木で周りから完全に隠されていた。
「へへ、こんなとこ誰もこねえよ。叫んでも周りに人なんていねえし」
「けど声の大きさ次第じゃ誰かに聞かれちまう。そいつの口を塞いじまおうぜ」
そう言って、ハチマキみたいにひねった手ぬぐいを取り出した。
「や…何す…」
抵抗しようとしたのも虚しく、あたしの口に手ぬぐいが食い込み、後ろで固結びにされてしまう。
「ほっご!ほごへへははひほ!(ちょっと!覚えてなさいよ!)」
ガラ悪そうな三人を睨みつけるも、全く動じる様子がない。
必死に抵抗しようと掴まれた腕を振り回そうとするけど、振りほどけそうにない。
「さあて…」
ワキワキと嫌悪感を覚える手の動きに、あたしは見ていられなくて目を背ける。
「人の彼女に、何してるんだ?」
聞き覚えのある声が、耳に飛び込んできた。
見ると、目の前の男は隆紫に髪を引っ張られて引き剥がされている。
「あんだ?てめえ」
「質問したのはこっちだ。人の彼女に何をしているのかと聞いている!」
ギロリと鋭い視線をぶつけられた、あたしの腕を掴んでる男がわずかに怯む。
「てめっ!女の前だからってカッコつけてんじゃ…」
隆紫に髪を引っ張られていた男は、途中まで言いかけて口が止まる。
ポキリ
握り込む拳を鳴らして佇むガチムキ黒服の二人が視界に入ったらしい。
「
「承知しております。久々に暴れてもいいのですよね?」
ニタリとした笑顔が不気味すぎてひたすら怖い。サングラスをかけていて目が隠れているのが余計に恐怖心を煽る。
「許可する。二度と茜に近づこうと思わせないようにしろ」
パチン!
隆紫が指を鳴らした瞬間…
「★※∂仝〆∀∃¶〓ゞ♯∋∧∈!!!」
もはや人類が発する言葉とは思えない音が官司さんの口から飛び出して、ガラの悪い男たちは二人のガチムキ黒服の手によって、まるで綿でできた人形のように軽々と宙を舞い続けた。
反して猿楽さんは無言。ハッ!やトウッ!などの声も出さず、息も乱さず黙々と暴れている。
「隆紫…どうして…仕事は?」
猿ぐつわを外してくれた隆紫に、あたしは思っていた疑問を投げかける。
「それほど長引かずに済んだ。離れに帰って誰もいないことに気づいて、茜の側にいるであろう官司に電話したら、茜を見失ったということで急いで猿楽と駆けつけたんだ」
ふわっと抱き寄せられて、耳元で囁き始めた。
「すまなかったな。せっかくの元日だというのに、一緒にいてやれなかったどころか、こんな怖い目に遭わせてしまって…」
「ううん、こうして会えたことが嬉しいわ」
「帰ろうか」
「うん」
猿楽さんが戻ってきて、車で離れへ戻る道中の車窓から見える景色を眺めている。
あれ…?なにか忘れてるような気が…。
「茜~…どこ~?」
神社に取り残された薫は、すでに帰ってしまった茜を探して、人混みの中をかき分けて一人歩いていた。
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