第25話:ぱら・げす(Parasite guest)
「それで
「なにー?
朝、登校してきた薫に挨拶も抜きで質問を投げかけた。
「薫に教えてもらったあれ、やってみたけど散々な赤っ恥だったわよ!」
「あー、あれねー」
昨夜から
「で、昨夜はどうだったのよー?空虚な夏休みの分は取り返せたー?」
ニヤけたイジり顔を向けてきた。
その悪戯な目線にイラッとする。
「ひっどい。あれって完全に狙ってたわね。また隆紫を困らせちゃったわよ」
「あーあ、明先さんってよほどビビリなのかなー。それとも不能?」
「不能なわけないじゃない。今朝確認したもん」
「おおっ、ということは朝からー?」
「違うわよ。抱きしめられた時のことだから」
少し赤くなりながら訂正する。
「で、どういうつもりだったのよ?」
「どーもこーもないわよ。夏休みがあれだったからねー。この残暑よりもなお熱い二人の時間を…」
パチンッ!
「余計なことしないで」
デコピンを薫の額にお見舞いした。
「隆紫はあれですごく気を回してるのよ。おかげで余計な負担をかけてしまったわ」
「痛いー」
額を手で抑えて半泣き状態の目を向ける薫。
「彼のやることには深い意味がある。隠蔽体質なのは正直納得できないけど、隠すのは隠すだけの理由がある。それを知らないで勝手に秘密を暴いてきたから、余計にやりにくくなっていたのよ」
あたしは先日、あのことを薫に全部伝えた。
「でも、もー隠し事してる様子は無いんでしょー?」
「どうかしらね。少なくともあたしに関わることはほとんど暴いちゃったから、かなりスッキリしてるわ。けどこうして知ったからこそ、自分から言ってくるまで知っちゃいけないこともあったのは確かよ。未だに知らないのは仕事を絶対に手伝わせてくれないことくらい。まああたしが必要とされているのは家事手伝いだけで、明先ロジスティクスに雇われてるわけではないから、当然といえば当然なのでしょうけど」
隆紫と付き合うようになってからも、仕事だけは決して干渉を許してくれない。
おかげで一緒にいる時間が少なくなってしまっているのだけど、それでも隆紫への想いは薄れること無く、むしろ濃度を上げて積もっている。
だからせめて元気になってほしくてやっていたことが、まさかあんなことだったなんて…。
変わらずあたしは離れから隆紫と一緒の車ではなく、徒歩で登校している。
前みたいなことが無いように、とあたしが離れから出る時はボディーガードの
何しろ熱帯雨林地帯のよくわからない未確認大型獣みたいな奇声を上げて暴れてたのだから。
散々隆紫には抗議したけど、全く聞き入れてくれなかったどころか、
後ろについてきてる彼に話しかけても無視されている。何度も声をかけたけど、一度だけ返事をしてくれた。ただし「平常時において護衛対象との会話は禁じられている」とだけ。
何度か振り切ろうとしたけど、余裕で付いてきてこられて、あたしはバテた。
あの人は一体何者なんだろう…?
「ねえあなたっ、もしかしなくてもストーカーされてないっ?」
「おはよう、真弓さん。ストーカーって?」
「怪しい人がいつも後ろにいるじゃないっ。学校の中までは来てないけどっ」
どうやら官司さんのことを言ってるらしい。
「ああ…あの人はいいの。言って聞く相手じゃないし」
「よくないでしょっ!?またあんなことがあったら面倒見きれないわよっ!?」
「あの人はあなたも知ってる人よ。覚えてない?」
うつむき加減で片手を頭に軽く添えて考え込む真弓さん。
「………もしかして…あの原住民族みたいな雄叫びを上げる人っ?」
「そう。原住民族みたいってなかなか面白いことを言うわね」
「官司も散々な言われようだな。まあ同感だけど」
いつの間にかそこへ来ていた隆紫が呆れ声を出す。
「おはよう隆紫」
「ああおはよう、みんな」
真弓さんはムッとしながら背を向けて自分の席へ向かう。
「あの…」
「言っておくけど、わたしはまだあのことを許したわけじゃないからねっ」
呼び止めようとしたけど、ピシャッと言葉のムチを叩きつけられた。
「うん…」
いくら諦めの境地で発した一言とはいえ、裏切ってしまったことは事実。
そのことを引き合いに出されてしまっては何も言い返せることがない。
もちろんその時はどういうつもりで身を引く決心をしたかも伝えたけど、あたしがそっちの立場だったらやっぱり許せないと思う。
イチャイチャしてるのを見せられるのが嫌で、あたしを拒絶したい時にいつも使われているキラーワード。
「ふう、根は深いようだな」
「経緯はどうあれ、あたしのせいだから…」
「それでも茜に話かけてくる真意はどこにあるのやら…僕がどうこう言える立場には無いしな」
真弓さんは、多分どこまでもまっすぐなんだと思う。
ただ突き抜けてやりすぎることがある。
隆紫を追いかけたくてGPSを使って追跡したり、少しでも真相を知りたくて誘拐犯のいる場所の近くまで忍び込んできたり、あたしたちを悪く言う人に正面からぶつかっていったりしている。
その反面、あたしが隆紫のメイドをしていることや同居していること、隆紫が学生でありながら会社の責任者という二足のわらじを履いてることは誰にも喋っていないようで、学校側からは一切追求されていない。
そんな真弓さんだからこそ、あたしは逃げずに向き合おうと思える。
あたしなりの誠意を見せようと頑張れる。
長期戦になりそうだけど、やれることはやりたい。
そう決意するのだった。
「では10月に行う体育祭のクラス実行委員を決める。立候補者はいるか?」
ロングホームルームの議題はこれだった。
「………まあいないよな。推薦でもいいんだが、それで空気が悪くなるのもよくないから、抽選で決める」
『ええええぇぇぇぇ!?』
一斉に不満の声が上がり、けど先生は意に介す様子がない。
「というわけでクジを作ってきた」
そう言って、教卓の影から箱を出した。
あんたはマジックショーのマジシャンか…?
というより最初から抽選の前提で話を進めるつもり満々じゃない。
「対象者は三人。クラス委員長と副委員長、実行委員だ。役割は後で説明する。ではまず委員長を決める」
箱に空いた丸い穴に手を突っ込んで、紙切れを一枚取り出す。
ゴクリ、とその様子を見守る教室の生徒一同。
「えっと…真弓さんだ」
はふ、と軽くため息をついているのがわかった。
「続いて副委員長は、と…
あちゃ…よりにもよって…。
「最後に実行委員は…
………どうしてこの組み合わせに…。
この三人を除く全員がホッと安堵の息でコーラスした。
「ちなみに人数分の紙はこのとおりだ」
先生は箱をひっくり返すと、ワサワサ音を立てて紙切れの山ができあがる。
山になった紙切れを箱の中に戻して、役割の説明が始まった。
さっそく放課後に委員の集会があり、三人揃って体育祭実行委員室として使われる教室へ足を向ける。
「その…真弓さん…」
「この場に個人の事情を持ち込むつもりはないわっ。明先さんもあっちの仕事は後回しにしてよねっ」
「わかっている」
どうやら準備進行そのものは問題なさそうだけど、どこかトゲを感じてしまう。
「いいっ?不本意な任命と人選だけど、やるからには中途半端なんて許さないからねっ。きっちりやってよっ?」
やっぱり、真弓さんの芯はしっかりしている。
ただ極端なだけ。どこまでもまっすぐと突き抜けて、突き破ってしまうほどに。
「わかったわ。隆紫、委員会の最中は委員会のことだけに集中しよう」
「そうだな」
「それでは体育祭実行委員全体会を開始します」
先生が数人同席し、集会が始まった。
全校の全クラスから3人ずつ出ているのでかなりの人数になっている。
最初の一度だけは顔合わせということで、以後は委員長だけの委員長会と、学年ごとに3人の委員が集まる学年委員会にするという説明があった。
議題はクラス分けから入る。
奇数偶数クラスのパターン、クラス番号分けのパターン、学年ごとに一クラスずつずらして同グループとするパターンなど、全校の委員が集まっている時しかできないことをまず決めることになった。
そしてクラスの委員ごとに役割分担を決める。
司会進行、放送担当、選手誘導、点数係、安全点検、設備・道具係、保健係…。
やはりというか、裏方が比較的人気でサクサクと埋まっていくが、司会や放送、誘導といった目立つポジションは売れ残っている。
ちなみにあたしたち三人は保健係に決まった。どのみち委員は全員どれかには必ず割り当てられるから、空いてる内に滑り込んだ。
多分テントの下で怪我人や負傷者を応急手当する役割のはず。
もう一クラスが同じく保健係に割り当てられる。
重複しているのは、各クラスで出場している間は手薄になってしまうため。
司会や放送も二クラスずつ割り当てる枠が用意されている。
人が足りなくなってから騒いでも遅いよね。
「では本日の全体委員会はこれで終了します。以後こうして全校の委員全員が集まることはおそらくありません。少なくとも予定している中ではこの一度きりです。同じ担当になった者同士は、担当同士の打ち合わせに備えて挨拶しておくように。解散」
この時間、真弓さんは宣言したとおりにあたしたちと普通に接してくれた。
委員に指名された時は不安で仕方なかったけど、これで少なくとも委員は普通に回りそう。
「それじゃお疲れ様っ。先に帰るねっ」
「うん、それじゃ」
真弓さんの後ろ姿を見送り、隆紫が横に来る。
「意外だったな。ああもスッパリ割り切れるなんて」
「一時はどうなることかと思ったわよ。でも彼女を今から追いかけて声をかけたら多分拒絶されるわね」
「面倒くさい生き方してるな」
「それ、あなたが言うの?」
これまで散々遠回りして、収まるべきところに収まったあたしたち。
恋人らしいことはまだ何もしてないけど、あたしたちのペースで少しずつ進んでいく。
「ふふっ」
「どうした?」
「んーん。隆紫も変わったなって思って」
「そうか?」
「喋り方も偉そうな王子様口調じゃなくなったし、こうして離れたくなくなるなんて思わなかった」
「それはお前も変わったからだろう。お嬢口調やめたしな」
「まさかあたしの憧れた人が隆紫の姉だなんて思わなかったわよ」
「それこそまさか、だったな」
♪♪♪♪♪♪
隆紫の携帯が着信を知らせようと自己主張し始めた。
「僕だ。どうした?」
ほんとに、忙しいんだから。
「わかった。すぐ行く」
「いいわよ、いってらっしゃい」
あたしに向けた顔を見ただけで、何を言いかけたかわかったから、先手を打って送り出すことにした。
「すまんな。構ってやれなくて。僕も茜とゆっくりしたいんだけど…」
「わかってるわ。それじゃまた後でね」
離れに帰れば隆紫と会える。
分かっているから信じて待っていられる。
それによく聞く「彼氏の気持ちがわからない」ということも隆紫相手に限っては無いのが救いかもしれない。
しっかり気持ちを口にしてくれる。
あたしと同じ気持ちだということを教えてくれる。だから安心する。
原住民…じゃなくて官司さんが数歩後ろについてきてる状態で、あたしは離れに戻る。
それにしてもいつまで官司さんをあたしにつけるのかしら…。
夕食を済ませて、食器や料理器具を片付ける。
夕食を済ませ次第、メイド服を脱いで私服に着替えるのがいつもの日課。
着替え終わった頃に、車が離れの前に横付けされる。
「ただいま」
「おかえりなさい、隆紫」
待ちに待った愛しい人の顔を見て、思わず顔が綻んでしまう。
「…隆紫、早く入ったら?」
玄関のドアを開けたまま、そこに立ち竦んでいた。
まるで何かを恐れているかのように。
「茜…落ち着いて聞いてくれ」
ぞくっ…
いつになく真剣な眼差しを向ける彼に、あたしの背中がにわかに凍る。
まさか…別れ話…?
それとも、ここを出てけとでも…?
言いにくそうに、喉から声を出すことを恐れているかのように見える。
「…しばらくの間、こいつを
そう言って、ドアの影から姿を現したのは…。
「不本意だけどっ…しばらく厄介になるわっ」
「…真弓…さん…?」
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