第16話:さで・あぶ(Sudden abduction)
開けたドアにつま先を挟まれて、ドアを閉めることもできない。
「ねえっ!答えてっ!ここ
「えっと…これは…」
あたしは口ごもってしまう。
「あっ!」
力が抜けた一瞬を突かれて、ドアは大きく開け放たれた。
「ねえっ、これはどういうことっ!?説明してっ!」
どうしよう…なんて説明すればいいんだろう…?
どう説明しても
最悪、退学騒ぎにすらなりかねない。
「そうか。知りたいのか。僕と
突然、前触れもなく両肩にずっしりと重たいものがのしかかってきて、耳元で隆紫の声が駆け抜ける。
隆紫は余裕の顔で目を少し細める。
口元が笑みの形に少し歪み、じっと真弓さんを見つめる。
「僕が御主人様というわけだ。茜は従順なメイド。どんなことでも僕の言うことに従って何でもしてくれる、そういうプレイさ」
「ちょ…隆紫っ!?」
「僕に任せて」
あたしの抗議を察して、耳元でそっと囁かれる。
その囁きは甘美そのもので、ゾクゾクっとあたしの体を快感が駆け巡る。
思わず腰が抜けそうになったけど、思い切って踏ん張った。
肩にかかる隆紫の体重が少し抜ける。
「何なら、見ていくかい?これから僕が茜に何をするかをさ」
指をまっすぐ伸ばして愛おしそうに撫でるその右手が、あたしの頬をかすめる。
触るか触らないかの微妙な触り方は、あたしの体にビリビリと電気のようなものが走って、力が抜けてしまうようだった。
ダメ…演じきるんだ。
隆紫の彼女。その役を。
あたしの気持ちは決して隆紫には届かない。
「ふふ、そういうことよ。他ならない真弓さんですもの。お望みならご覧になっていってはいかがかしら?見なければご納得なさらないでしょうから」
目一杯、強がって妖艶さを出そうと微笑みながら目を細める。
「ふっ………不潔よっ!!あなたたち!誰が見るものですかっ!!」
突然大声を上げる真弓さん。
あたしはその声量に虚を突かれて後ずさりしたけど、覆いかぶさってきている隆紫のお腹に背中が当たるだけだった。
「不潔…ね。ならば聞こう。仮に僕が君を選んだとして、こういうことをしたがった僕のことを今と同じく不潔と言ってなじるのかな?もちろん、君自身にも跳ね返っていくけどね。不潔という言葉が」
「~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!」
バターンッ!!
隆紫の問いかけに答えることなく、玄関のドアが真弓さんの手によって荒々しく閉められて、残されたあたしたちはお互いに沈黙する。
隆紫の腕がスッと後ろへ下がっていく。
肩にのしかかっていた重みが消え、後ろに隆紫の気配だけが感じられる。
「茜、お前のカバンを持ってこい」
「…なんで?」
「一つ気がかりなことがある」
またこのパターンだ。
あたしの知りたいと思ったことは教えてくれない。
諦めて言われたとおりカバンをリビングに持ってきた。
「やはりな」
カバンを探る隆紫が呆れ口調でつぶやく。
「それは?」
「真弓の端末だ」
それはかなり小型のスマートフォンらしきものだった。
たばこの箱よりも小さいそれが隆紫の手に収まっていた。
「僕もこれで一度やられたことがある。おかげで学校で僕の居場所が一つ真弓に奪われた。位置情報が有効らしくてな、この大きさでGPSが動いているならそう長くは稼働しないんだろうけど、真弓の持つもう一つの端末でこいつの居場所を知ることができる。おおかた茜の自宅を探るつもりだったんだろう」
「そんなに怖い人だったんだ…真弓さん」
「ああ、僕もほとほと手を焼いてしまってな。だから茜に…こうも面倒なことに巻き込んでしまってすまない」
隆紫から小さなスマートフォンとカバンを受け取る。
「これはあたしから真弓さんに返しておくわ」
「大丈夫か?」
「本人に返すだけだから…」
自分の部屋に戻り、カバンを置く。
これ、充電して返しておくかな。
画面を点けると半分までは行かないもののやや電池は減り気味だった。
充電ケーブルを接続して、画面には充電を示す雷マークが新たに仲間入りする。
電源を切ってもいいけどあたしの居場所は知られてしまったし、あんな捨て台詞を吐いて帰ったところを見ると、また場所を探ろうなんて思わないと判断してそのまま電源を入れっぱなしにしておいた。
この後、特に何事もなく翌朝を迎える。
今日の授業が終われば明日は休み。休みの日はあたしのメイド仕事も休むことになっている。
朝の支度をするものの、隆紫は相変わらず母屋に行って食事をしているから、あたし一人だけで朝食を済ませる。
やっぱり、一人だけの食事は味も感じにくい。
唯一の救いは、離れで隆紫との会話はほとんど無いこと。
学校の制服と離れでのメイド服という気持ちを切り替えるスイッチがあるものの、気持ちの切り替えは考えているよりも精神的な負担は大きい。
何より、あたし自身が自分で決めたお淑やかな振る舞いをすることに疲れを感じているのも事実。
油断するとすぐに素の状態へ戻ってしまう。
あの時見たお嬢様の立ち居振る舞いは可憐そのもので、心の奥底からにじみ出ているかのように自然な空気だったことは覚えている。
「もう一度…あのお嬢様とお話したいな…あたしと何が違うのか、それが何か分かるような気がする」
でも姉つながりだったから、今は亡き姉を訪ねてくることも無いんだろうな。
「おはようございます。真弓さん」
「………」
挨拶をするものの、返事すらしてくれないことに寂しさを感じていた。
「少しお話を…」
真弓は黙って席を立つ。
教室の外に出ていくのを見て、あたしは後を追いかける。
「ねえ、お話させてくれないの?」
なおも返事はせずに、女子トイレに入って個室のドアを閉められてしまう。
もどかしい思いを抱えながら、仕方なく教室へ戻ることにした。
「何よっ…応援するって言っておきながら横取りして、わたしを笑いに来てるだけじゃないのっ?」
個室にこもり、茜の気配が遠ざかってからぼそっと呟く真弓。
あの後、真弓は隆紫と茜が何をしていたのかと考えないようにしていたけど、好きな人にあんな態度を取られたことで、嫌でも考えてしまって夜をずっと
「何がそういうプレイよっ。付き合って数日でそんなことしてっ…なんて軽い女なのっ…明先さんってそういう軽い女が好きなのかしらっ…清楚な立ち居振る舞いをしつつ、すぐに体を許すギャップでも狙っているのっ?」
ブツブツと誰にも聞こえない声量で、ひたすらイライラを募らせていた。
真弓が隆紫と知り合ったのは一年ほど前のことだった。
入学したてで、クラスに溶け込む人が多い中、真弓は溶け込むのに時間を要した。
「ああもうっ、こんなザーザー降りになるなんて聞いてなかったわよっ?」
昇降口で立ち尽くす真弓の目に、一本の透明な傘が差し出された。
「これを使いたまえ」
「えっ!?」
見ると、クラスメイトでもない男子生徒だった。
「ん」
ずいっと押し付けようとしてくる。
「いっ…いいわよっ、止むまで待ってるからっ」
「僕のことは心配いらない。門を出てすぐのところに迎えが来ているからな」
じり、と後ずさりしたけど、真弓の脇に傘を滑り込ませたと思ったら、その男子生徒は雨の中を駆けていく。
門の外に姿が消え、戻ってくる様子はない。
仕方なく、その傘を借りることにした。
「名前…聞きそびれちゃったなっ…傘にも名前書いてないしっ」
後日
「はぁ…次は体育か…二日目だから体が重たいっ…」
見学にしたいけど、恥ずかしくて言い出せないまま授業の時間は迫っていた。
着替えは済んでいるものの、サボるのも嫌だからと少々ふらついた足取りで階段を降りる。
「あっ!」
注意力が落ちていたために階段を一段分踏み外してしまい、バランスを崩してしまう。
ドタドタドタッ!!
「つぅ…」
怪我を覚悟していた真弓だが、不思議と体は痛くなかった。
「あれっ?」
「大丈夫かい?怪我は?痛いところはないかな?」
目を開くと、階段の下まで転げ落ちていて、片膝をついた姿勢で真弓の体を受け止めてくれた人影があった。
「あっ、傘の人っ!」
顔を見ると、先日の雨で傘を貸してくれた人だった。
「ああ、君だったのか。それで、大事無いか?」
「うん。だいじょ…つぅっ!」
真弓は抱きかかえられた姿勢から立とうとした瞬間、左足に痛みが走った。
「
男子生徒は真弓の前に背を向けて片膝をついた。
「ほんとに、いいからっ」
左足をかばいながら歩き出そうとした真弓の腕を掴んで、背負い投げをするような動きで、真弓を強引におぶった。
「無理をするものではない。怪我なのだから」
本人の意思を無視されたものの、気遣いによるものとわかって悪い気はしなかった。
保健室で保険医の手当てを受けているうちに授業開始の時間が迫っていた。
男子生徒はその様子を見て、真弓の体操服に縫い付けられている名札を確認する。
「僕はそろそろ行くとしよう。お大事に」
「あっ!せめて名前をっ」
「隆紫。明先隆紫だ」
そう言い残すと、ドアが閉められて明先くんは姿を消した。
手当のため少し遅れて、体育の授業場所へびっこを引きながら到着した。
体育の担任を見つけた真弓は、左足に負担をかけないよう近づいていく。
「すみません、遅れて…」
「おう、話は聞いている。怪我だそうだな。今日は見学しているといい」
軽い感じであっけらかんと流される。
真弓は驚きながら、何が起きたのかわからず戸惑った。
「えっ?なんで怪我のことをっ?」
「ん?君を保健室まで運んだ…
「明先…?」
「おー、それだ。明先くんから話を聞いたんだ。階段から転げ落ちたそうだけど、手当は済んだのか?」
「はい…おかげでっ…」
「その様子だと挫いたただけのようだな。痛みが強くなったり長引くようなら早退して病院へ行って来い。今はその辺に座って見学だ」
ニカッと笑って授業の説明をするために真弓の側から離れた。
正直、この先生はかなり苦手の部類に入る。
休みたいと思っても、ちょっと威圧的な感じで言い出しにくい。
けど、何も説明は要らなかった。
全部、明先くんが終わらせてくれていた。別のクラスなのに、先回りをして。
心の中がホワッと暖かくなって、重たく感じる体と痛む脚すらも心地よく感じていた。
この日を境に、真弓は明先くんへの想いが募っていき、気がついたら好きになっていたことを自覚する。
教室が離れていたこともあり、なかなか接点を持てずに気持ちを
優良物件と評判だった明先くんだけど、その人柄に惹かれた真弓には噂などどこ吹く風で心の中で想いを大切に育てていた。
それゆえに、明先くんの背景をろくに知らず、ひたすら時を待っていた。
同じクラスになった時は、その想いが大きくなりすぎたために、猛アタックという形で表面に現れることとなる。
その明先くんが気にかけている櫟さんについては、背景が気になってすぐに調べ始めていた。
恋路の邪魔になると思って、応援してくれると言ってくれた櫟さんが…明先さんと付き合い始めた。
「裏切り者っ…」
ぼそっと呟いて、個室のドアを開け放つ。
放課後
あたしはまだ、真弓さんに端末を返せていない。
隆紫に事情を話して別行動をしつつ、真弓さんを追いかける。
「待って!真弓さん!」
すでに昇降口まで来ていて、靴を履き替えた。
「早く帰って明先さんとイチャイチャラブラブしてればいいじゃないですかっ!」
返事をしてくれなくてあたしがムキになってしまったため、真弓さんは次第に無視じゃなくてうんざりしつつ突き放すような態度に変わっていた。
呼び止めても待ってくれない真弓さんを小走りで追いかける。
「待っ…」
校門を出て、真弓さんを後ろから呼び止める声が、突然途切れたことに気づく。
バタン!ブオオオオオンッ!!
何かが閉まる音。続いて唸りを上げるような音が響き渡る。
「えっ?」
真弓さんが振り向いた時、茜の姿はそこになかった。
まるで神隠しにでもあったかのように、姿が消えていた。
代わりに黒い車が真弓の横を走り抜けていく。
「チッ、やられた!」
その一部始終を見ていたのは、茜の護衛として隠れていた
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