第5話:どら・ぴく(Driver-to Pick-up)
「でもそんなの悪いわよ。無理しないで普通に登校しましょう」
「別に無理なんてしてないわ。いーから一緒に行きましょー」
こ…断る理由が思いつかない。
仕方ない。朝早くに実家行って出てくるようにするかな。
「ふっ、
「
余計なこと言うなよ、隆紫…。
「ずいぶん野暮なことを聞くんだね。
フィ…フィアンセッ!!?
隆紫と!?そんなのこっちから願い下げよっ!!
一瞬、教室の中がザワザワしていたが…
「冗談がうまいねー。そんな顔して言われても信じる人いないよー」
という薫の一言でざわつきは落ち着く。
顔を見ると、意地悪をする子供みたいにニヤニヤしていた。
「これが冗談か本気かは任せるよ」
この瞬間、薫の視線があたしの首元へ向けられていることに気づかなかった。
結局、隆紫の介入で話は
隆紫…あたしを助けてくれたの?
…まさかね。
放課後になり、あたしは学校を後にする。
途中までは帰り道が同じだけど、実家と明先家の位置は曲がる場所が逆方向になっている。
…尾けられてる…。
多分、薫だと思う。
住宅街だから人影もまばらになっている。
けど後ろに張り付いてる人影は未だにあった。
まずいなぁ…実家の鍵は持ってるから、一度実家に帰ろう。
カチャン
実家の鍵を開けて中に入る。
ドアの覗き穴から見ると、誰も通る気配が無い。
ほっ…。
ここまでは確認しに来ないようね。
とはいえ疑われてしまった今、なんとか誤魔化さないと。
少し経って、周りに誰もいないことを慎重に確認してから隆紫の離れへ向かった。
「遅かったな。何やってたんだ?」
隆紫はおかえりの代わりにこの一言を浴びせかけてきた。
「実家に行ってたのよ」
「仕事放り出してか?」
もやもやと立ち込めるブラックオーラを振り撒きながら不満そうな声を出す。
「薫に疑われちゃって尾けられてたのよ。まさかここに住んでるなんて教えるわけにもいかないでしょ。だから実家に一度帰ってからこっちに来たの」
薫だというのは単なる推測。
けどほぼ間違いない。
「このドジめ。だが僕の知ったことじゃない。バレないよう用心しろよ」
この言い方、本当に頭くるわ。
「あたしだってあんたと一つ屋根の下だなんて知られたくないわよ」
隆紫は背を向けて二階に上がっていった。
もし知られてしまった場合、どうなるんだろう…?
単にお役御免ってだけなら喜んで自爆を選ぶけど、お父様の融資がかかっているなら、下手なことはできない。
かといって助け舟を出してくれるわけでもなさそうだから、なんとかしなきゃ。
夜、一階のリビングで掃除をしていたら、隆紫がわずかに開いていたドアからチラッと姿が横切るのに気づいた。
どこに行くのかしら…?
その先は玄関。
靴を履いて玄関のドアから姿を消した。
あたしはその後に続いて、玄関のドアにある覗き穴から外を確認する。
あれ…?
隆紫は車の後部座席に乗り込んで、屋敷から出ていってしまった。
何にし行ったのかしら…?
それから一時間ほどして、あたしは何となく玄関に足を運んだ。
ガチャッ
ちょうど玄関のドアが開け放たれた。
「っ!?」
隆紫がギョッとした顔でわずかに引いた。
「おかえりなさいませ。ご主人様」
深々とお辞儀をして迎えた。
「何してるんだ。気持ち悪いんだよ、その呼び方。調子狂う」
「あらそう…どこ行ってたの?隆紫」
「お前には関係ない」
脇をスッと通り過ぎた隆紫に、なにか変わった様子はない。
けど、少し意地悪をしてみたくなった。
「隆紫、残り香があるよ。誰と会ってたのかな?」
「車の芳香剤だろ」
動揺する様子もないから、女の子と会ってたわけじゃないみたいね。
「車でどこへ行ってたの?」
「ちょっと気晴らしだ。僕は忙しい。部屋にこもるから話かけるな」
そう言い残すと階段を上がって隆紫は部屋に姿を消す。
このへんで掃除を切り上げて休むことにした。
朝起こしに行くと、隆紫はもう起きていた。
「さ、朝の儀式だ」
ニヤニヤしながらあたしに近づいてくる。
「…もう、早くしなさいよ」
半ば投げやり気味に襟を広げた。
ちゅぅ…
「いっ!?ちょっと!!上過ぎよっ!!」
いつも首元に付けられるキスマークは、今日に限っていつもより頭に近い位置に吸われる感覚があったから慌てて隆紫から離れるも時遅し。
「ふっ、いい気味だ」
してやったり、と言わんばかりの顔であたしを見つめてくる。
「もぉ!これじゃ襟で隠せないじゃないのっ!!」
鏡を見て、位置を確認すると襟から完全に出てしまっていた。
「これ見られて追求されたらどうするのよっ!?」
「うまく誤魔化せ」
「だったらなんでこんな見える場所につけるのよっ!!」
「早く朝食の準備だ。急げ」
質問に答えず、話を切り上げられてしまった。
納得できない顔をしたまま部屋を出る。
登校の時間になって、あたしは離れを出ると…
「どっち行くんだ?」
「どっちって、学校じゃな…」
隆紫に襟を掴まれて、車へ乱暴に放り込まれた。
「ちょっと!何するのよっ!」
「実家に寄らなきゃマズいんだろ?乗ってけ」
「そんなのいいわよ!自分で…」
「出せ、
「かしこまりました」
言い終わるより早く、車が地面を踏みしめて進み出す。
「もう…」
ほんとに強引なんだから。
何を言っても聞かなそうだから、もう諦めてそまのまま揺られることにした。
そういえばまだ疑問があるんだった。
「猿楽さん、夕べはどこに行ったんですか?」
「それはわたくしの口からは申し上げかねます」
チッ
ダメか。
「そういえばこの車で芳香剤って使ってますか?」
別の方向から攻めることにした。
「いえ、使っておりませんが…」
あたしはその返事を聞いて、隆紫を見る。
視線に気づいたような気がしたけど…
「おら、着いたぞ。降りろ」
と言い、無理やり車を下ろされた。
「まだ話は…」
「出せ。猿楽」
呼び止めるも、車は走り去ってしまう。
隆紫の言うことに矛盾があることは確認できた。
どうすれば問い詰められるのかな。
考えながら、家に入って数分だけ時間を調整する。
玄関を出ていつものとおりに通学路を辿る。
「おはよー、茜」
薫が後ろから合流してきた。
「薫、おはよう」
「今日はこの時間なんだー?」
「そうよ」
「で、誰に送ってもらったの?」
「なんのことかしら?」
一瞬ギクッとするものの、冷静に返す。
まさかあの隆紫に送ってもらったなんて知られたら、とんでもないことになるのは間違いない。
「さーねー」
お願いだから気づいていませんように…。
しかし、この時あたしは気づいていなかった。
薫の視線が首元へ向いていることに。
学校に着くと、もう隆紫は登校していた。
まあ先に車で出ていたから当然だけど。
「おはようございます」
「おはよー」
教室のみんなに向かってした挨拶だけど…
「茜くん、おはよう」
と名指しで返してきた。
「おはようございます」
無視すると多分後で面倒くさくなるから、挨拶だけは済ませておく。
なんか複雑な感じだけど、この関係は秘密だから仕方ない。
「あれ?茜それってまさか…」
クラスメイトの女子があたしの首元に視線を送っていることに気づいて、あたしは思わずそれを隠しそうになってしまった。
「え?何かありますか?」
「首のところ、赤くなってるけどそれって…」
「どうなってるのかしら?」
トボけてポケットから鏡を取り出して見てみる。
やっぱりまだくっきりと残っていた。隆紫め…。
「虫刺されかな…?放っておけば治ると思うわ。あ、誰か虫刺され薬持っていませんか?」
「はい、どうぞ」
思いつきで言ったことに反応して、他の女子が薬を貸してくれた。
あたしはそれをキスマークのところに塗って
「ありがとうございます。助かりました」
と、お礼を言って返した。
帰ったら文句言ってやろう。このやり取りを全部見ていたはずだから。
「で、誰に付けられたのかなー?」
「何がでしょうか?」
何度もカマかけされているけど、思わず口を滑らせないよう十分に注意している。
「別にー」
はぐらかすと、なかったコトにする薫の言動はいつものとおり。
それだけにいつまた話題を振ってくるかわからないから厄介なんだよね。
あれ?隆紫がいない…。
廊下に出ると、そこにいた。
女の子と向かい合って、何かを受け取っているようだった。
あたしはお手洗いに行くついでとして、その脇を通り過ぎながら
「モテますね」
と隆紫だけに聞こえる声で皮肉めいたことを言ってあげる。
キラキラオーラを振り撒いてるものの、家に帰ったら真っ黒な空気を出しているその二面性を知ってるのはあたしだけ。
これで隆紫がその娘と付き合い始めたとして、その娘を離れに連れ込んできたら、その間は部屋に引きこもらなければならないかもしれない。
けど隆紫について、浮いた噂は一切聞いた試しがない。
それだけに同性愛者疑惑もあるけど、男には興味がない態度だからすぐに疑惑の声が持ち上がっては消える、を繰り返している。
学内でもイケメンで金持ちという超優良物件扱いだから、女子から相応の人気はあるけど、不思議と誰の気持ちにも応えない。
唯一、あたしにだけはなぜか絡んできている。
ただし学校ではキラキラオーラ。家ではブラックオーラを放ちながら。
あたし…隆紫に何かしたのかしら…?
うーん、心あたりはないわね。
始業のチャイムが鳴り響き、いつもの日常が始まった。
昼休みが終わり、睡魔との戦いが始まる。
「おい、明先くんはどうした?」
「いませーん」
言われて気づいたけど、隣にいるはずの隆紫がいない。
「どこ行ったんだ?」
珍しい。いつもうるさいほどあたしに絡んでくるあいつがいないなんて…。
「まあいい、授業を始めるぞ」
仕方なさそうに先生が授業を開始した。
「…であるからして…」
眠い目を擦りつつ、睡魔に抗っている最中に…
「失礼。遅くなりました」
隆紫が教室に入ってきて、みんなの注目を集めた。
「何やってたんだ…いや、自分の席に座れ。後で職員室に来い。」
「わかりました」
特に荒立てるわけでもなく、受け流すように授業を受ける体制に入った。
キーンコーンカーンコーン…
「今日はここまでにする。明先くん、このまま職員室までついてくるように」
「はい」
特に反論するでもなく先生についていく隆紫。
職員室まで入っていって、先生のお小言が始まると思いきや
「明先くん、何をしていたのかな?」
質問から始まった。
「食べた後って眠くなるじゃないですか」
「つまり、昼寝をしていた…と?」
「まあそういうことだ」
「そういうことだ、じゃないっ!!学校に来ているからには授業を受けるのが生徒というものだっ!!財閥の息子だからと言ってもお前は一人の生徒だっ!!教師として…」
事実確認が終わったとたんに怒涛のお説教が始まった。
「失礼しました」
職員室から出てきた隆紫は一礼して出てくる。
「昼寝なわけないだろうが…寝てる暇なんてあるわけがない」
それがドアを閉めてから漏らした一言だった。
隆紫は人目につかない場所へ移動して、ポケットからスマートフォンを取り出す。
昼休みから五時限目の途中まで通話をしていた相手から届いたメールを確認する。
「学校の時間は連絡してくるなと厳しく言っておいたが…まあ仕方ないか。なんとか収拾ついたようで安心した」
隆紫を探しに行ったあたしは角越しに、その独り言を聞いていた。
なんだろう…収拾ついたって…。
すぐに六限目のチャイムが鳴り響き、あたしは足早に教室へ戻り、隆紫も続いて滑り込んできた。
そして放課後になって、帰ることにした。
「危ない危ない…」
いつものとおり、一人で帰っている途中で思い出した。
薫に尾けられているかもしれないことを。
一人で帰るのはわけがある。単純に同じ方向の女子がいないのと、いても薫だけで今は隆紫の家が帰る先だから知られるわけにもいかない。
途中で曲がるべきところを間違えそうになって、慌てて実家の方角へ足を進めた。
パタン
「ふう…」
玄関のドアを閉めてからため息をつく。
疑われている間はこうして一度実家に入ってから隆紫の家まで向かわなければならないなんて、面倒すぎる。
再び外に出て、隆紫の家に足を向ける。
「茜様、お迎えに上がりました」
ふと後ろから声をかけられて、振り向くと猿楽さんがそこにいた。
「…どうして…?」
「坊ちゃんからの指示でございます。どうぞお乗りくださいませ」
「そうでしたか。それでは…」
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