第2話:せく・はら(Sexial Harassment)
「ちょっと!これはどういうことよっ!?」
「どうもこうもない。これが現実だ」
こともなげに返事する
なんかいちいちイラッとする。
学校で嫌味なほど振り撒くキラキラオーラは、なぜか出ていない。むしろドス黒いオーラさえ漂っている。
「説明くらいしなさいよ」
「お前がそんな偉そうな口を利ける立場じゃないだろうが」
「だからそこを説明しなさいって!」
思わず荒い口調になってしまう。
ハッキリと、あたしがこんな扱いを受ける心当たりはまったくない。
何しろここ最近ずっと親は家で起きてる間に顔も見ないくらい忙しくしてるし、学校でも特にこんな扱いをされるような前兆も無ければ関わりもない。
学校ではお嬢様モードと自分で呼んでる丁寧口調の対応を心がけている。
仮にそれを見破られていたからとして、この扱いは全く紐づくところがない。
本当に何も心当たりはない。
隆紫は気だるそうにソファから腰を上げる。
「おい
開いたままのドアの向こうへ問いかける。
こいつって…言い方がほんと頭にくる。
「ご家族から説明されているはずです」
ドア向こうからタキシードスーツを着たさっきの運転手兼執事(?)が顔を出して答えた。
………最近、家族とはろくに会話もしてない。
少なくとも過去一週間で顔を見たのは日曜の夜に寝る前の挨拶をした僅かな時間だけだったから、説明も何もあったものじゃない。
「で、茜は何も聞いてないのか?」
もうすでに呼び捨てだし。
いちいち突っかかってたら日が暮れるどころか年が暮れてしまう。
何よりこいつの相手はただでさえ疲れる。
この際、状況を把握するまでは多少のことで目くじらを立てるのはやめておく。
「聞いてないわよ。今朝だって起きたときには両親が居なかったもの」
はぁ
ため息をつく隆紫。
あたしがため息つきたいわよ。
「いちいちめんどくせえな。ほら、これだ」
面倒くさいのはあなたの態度よ。
とツッコもうとしたけど、不毛過ぎるから止めておいた。
隆紫が差し出したのは新聞の切り抜き。
手に取り、大きな文字で書かれている見出しを読む。
「
「違う。逆だからひっくり返せ」
くるり
「よくそれで上下をひっくり返す気になったな。もしかしてお前バカなのか?」
あたしはわざと記事の切り抜きを裏表変えずに平面で回転させた。
こいつの言いなりになんてなりたくないから、あえてボケをかましてみたけど…そのツッコミもいちいち腹が立つ。
「ハッ、何ならそのまま読み上げてみろ。右上からじゃなくて左下からだぞ」
「うるさいわねっ!」
上辺を手前に、下辺を奥に回転させる。
こうすればひっくり返した後で上下を直す必要がない。
「………何よこれ…」
「見てのとおりだ。経済誌としてあまり大きく取り上げられてないけど、それが今回の事情だ」
記事は、くぬぎ宅送便が明先グループに吸収合併という内容だった。
姉は生前、窮地にあるくぬぎ託送便を立て直そうと奔走していたのは知っている。
けどその内容は両親も知らず、姉の死去をもって進んでいたであろう姉の計画は立ち消えてしまった。
全国展開のサービスについてもう日程は決まっていた。その準備も途中までは順調だった。一般向けに全国カバーの発表をした後で急激に資金調達が行き詰まってしまい、サービス開始の日程を後ろにずらそうかと悩んでいた頃に明先グループからグループ参入の話を持ちかけられたことは知っている。
状況が状況だけに是非もなく、
結果、子会社という扱いになっているはずだけど、この状況に至る理由がどうしても思い浮かばない。
「これとあたしがここにいることと、何の関係があるのよ?」
「いちいちめんどくせえなあ…。おい猿楽、あれを用意しろ」
「かしこまりました」
隆紫がパチンと指を鳴らすと、ガラガラ音を立ててドア向こうから押してきたのは大きな画面のテレビだった。
タキシードを着たさっきの猿楽さんはテレビ後ろからスイッチを入れる。
パッと画面が出ると、見たことない事務所がそこに映っていた。
中央に大きく机が一つ、向こうには窓が見える。
脇には机らしきものがあるようだけど、ほんの端っこだけが見えているからテーブルや作業用の台かもしれない。
「誰が出てくるのよ?」
「まあ見てな」
相変わらず偉そうな口調が鼻につく。
『おっと、いま出ます。少々お待ちを』
聞き覚えのある声が出てきた。
まさか…。
『おお、これは隆紫ぼっちゃん。お久しぶりです』
「お父様っ!?」
画面に出てきたのはあたしのお父様だった。
これはテレビ会議システムらしい。
「あの件、娘に何も教えてなかったのかい?」
『ええっ!?もしかして今日でしたかっ!?』
驚いた顔をするお父様。
「おかげでこっちはイチから説明することになっている。どうしてくれるんだ?」
『それは大変失礼しました。今、私から娘に説明します』
コホンと咳払いをして語り始めた。
『茜、本当にすまない。全国展開を間近に控えて、拠点の整備をしている間に他社の運送料値下げにやられて資金繰りが悪化してしまったんだ。そんな中で明先の隆紫ぼっちゃんから連絡を受けてグループとの合併話が進んで、なんとかグループに入ることができた。だが拠点の構築資金は足りない状況を相談したら、隆紫ぼっちゃんのお世話をお前がしてくれる条件で十分な融資を受けられる事になったんだ』
…なんて勝手な親に、理不尽なボンボンなんだろうか。
「…ふざけないでっ!なんであたしがこんな小生意気で存在自体が頭にくるボンボンをお世話しなくちゃならないのよっ!?」
画面を見た状態で、後ろにいる隆紫を指差して叫んだ。
「ずいぶん口が悪いな。普段の振る舞いをみてたらもっと上品かと思ってたが、あれは演技だったのか。今のお前がメッキの剥げた地というわけだ」
嫌味な口調でツッコまれた。
「あんたが言うな!学校でのキラキラオーラはどこいったのよっ!?」
あたしは額に青筋を立てながら言い返す。
いつか見たお嬢様の所作は本当に美しく、あたしの心を動かした。
けれどもあれほどの美しさは、普段の生活もよほど気を遣ってるんだろう。あたしが真似してみるも、付け焼き刃もいいところ。
こうしてきっかけがあると、すぐにいつもの調子に戻ってしまう。
『頼むよ、茜ぇ~…今はこの話を蹴るわけにはいかないんだ~!融資受けた分を返したら必ず迎えに行くから、それまで我慢してくれ~。お父さんを助けておくれ~…』
拝み倒すように食い下がるお父様。
「嫌よっ!なんでこんなやつのお世話をあたしがしなきゃならないのっ!?おまけにこんなコスプレまでさせられてっ!!そもそも何も知らずにこんな状況になってるのよっ!?一体どうしてくれるのっ!!?」
「娘さんがここで帰るならお止めしませんが、融資の件は無かったことに…」
猿楽さんが口を挟んできた。
このまま帰るのは別に構わないのか。なら色々と面倒だし、いい迷惑だし、もう帰っちゃおうかな…?
「お父様、悪いけどこんな何もかもドタバタの中で…」
『茜ぇ~!!…お願いだぁぁぁぁ…!!頼むっ!!お前を迎えに行って一緒に家へ戻ったら父さん、何でもするからっ!!』
半べそをかいてるお父様を見て、少しやりすぎた気がしてきた。
少し
「………わかったわよっ!やればいいんでしょ。やればっ!」
『茜~!ありがとうっ!!父さん、頑張るからっ!一日でも早く迎えに行くから、それまで待っていてくれ~っ!』
最近業績が不振なのはわかっていたけど、まさか全国展開の資金が変わらず
何しろ朝と昼はお母様が前もって食事を作ってくれて、7時にはもう父様と一緒に家を出ている。
夜はあたしが勝手に料理して、両親の分も作っておいた上であたしが先に寝ている。
お父様は家に帰ってこないこともザラにあったようだけど。
あたしが寝ている間に帰ってきてるようだけど、平日に顔を見ることはまずない。
姉が生きていた頃は、かろうじて姉はあたしが寝る前くらいに帰ってきていた。
それさえも無くなったから、家にいながら家族の姿を見ることはない。
少しでも負担を減らせればと思って、バイトでも始めようかと思っていたけど、これじゃバイトどころじゃなくなったわね。
涙を流して喜んでいる顔を見たら、ホッとしたけど…。
電源を切って、その場で待機する猿楽さん。
「やー、親子の絆って素晴らしい。お涙頂戴の茶番劇、しっかり見せてもらったよ。うん、家族って素晴らしいものだ」
ニヤニヤして嫌味ったらしい声で耳に飛び込んできた言葉。
こっちにはやっぱり殺意さえ覚えてきた。
けど、引き受けた以上は前もって確認しておくべきことがある。
「お父様があそこまで言うから仕方なく引き受けるけど、あなたのお世話をするあたしはこのまま高校中退ってこと?」
「まさか。このままの姿で引き続き高校には行ってもらう。そして学校でも君は僕の専属メイドとして奉仕してもらうに決まってるじゃないか」
再び額に青筋が立ったのを自覚する。
「冗談じゃないわよっ!学校でこんな恥ずかしい格好なんてできるわけないじゃないっ!そもそも制服以外を着てるのは校則違反でしょっ!?」
「ならその髪飾りだけでかまわん」
「あたしがかまうわよっ!」
いちいち疲れる人ね…。
「買われたお前に選択権は無いんだが」
「ぐっ…!」
ここで暴れたい衝動に駆られたけど、お父様の悲しむ顔を思い浮かべると何もできなくなってしまう。
「わかったわかった。ならこうしよう。あ、猿楽。テレビはもう下げていいよ。あと出たらドア閉めておいてね」
「かしこまりました」
テキパキとコードをまとめて、巨大テレビと共に部屋から出ていった。
隆紫はサラリと髪をなびかせてこっちに近づいてくる。
「こっ…来ないで…」
一歩、また一歩と距離を詰めてくる。
後ずさりするものの、すぐ背中は壁に当たって距離を取れなくなる。
「人、呼ぶよ…」
「ここが学校だったらよかったな。残念ながらここで誰を呼んでも無駄だ」
手が届く距離まで詰められ、あたしは自分の腕を抱いて守りの姿勢に入る。
「観念しろ」
微妙に嗜虐的な目へ変わり、顎をクイッと持ち上げられる。
パチンッ
空いてるもう片手で首元のフックで留まっているブローチが弾き飛ばされ、フロントホックを一つ外される。
「まさか…いやっ!やめてっ!!」
隆紫を突き飛ばそうとしたけど、あっさり両手を掴まれて腕を上に挙げられた。
両手首を交差させられて、片手で握られる。
あたしは手を塞がれ、隆紫はもう片手が空いてしまう。
腕力では当然勝てるはずもなく、助けを呼ぶこともできない!
「いやあああーーーーーっ!!!」
「暴れるな。すぐ終わる」
ボタンがさらに一つ外され、胸元が大きく開く。
そしてそこに顔を埋めようとする。
「何がすぐよっ!!こんなことしてただで済むと…」
こんなやつに初めてを奪われるくらいならいっそ…。
「それ以上するなら、舌噛んで死んでやるんだか…!」
決死の覚悟を口にしようとした瞬間、隆紫が拘束を解いて一歩下がり満面の笑みを浮かべる。
「一体何を…」
「僕のものという印だ」
「えっ?」
クイッと親指で鏡を指差す。
わけがわからず、あたしは自分の姿を鏡で確認する。
「ッ!?」
首から下、胸の上あたりに唇で吸われて赤くなったキスマークがくっきりと付いていた。
「クク…これなら文句ないだろ?」
フルフルとあたしの肩が動く。
「………あるに決まってるでしょーがーっ!!!」
バフッ!
近くにあったクッションを思いっきり顔へ投げつけてやった。
全く意に介さず、隆紫はクッションを掴んで元あった場所へ投げつける。
「2つに1つ。学校でもその服を着るか、毎朝そのマークを体のどこかに付けられるか。どっちか選びな」
「…~~~~~っ!」
偉そうに!と喉元まで出かかった一言を飲み込み…
胸元のボタンを締めながら、あたしの出した答えは…。
服で隠せるキスマークだった。
く…屈辱…っ!
こんなことをしたの、絶対後悔させてやるんだから…。
「で、何を『これ以上されたら』なんだ?あ?」
意地の悪い、したり顔であたしに問いかけてくる。
「知らないっ!あなたなんて嫌いよっ!」
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