もう一人の仲間

 翌日早々、純は学校に登校した。


 母の真理に一日くらい休んだらと言われたが、これ以上勉強が遅れてしまうのは困る。


 今回のことに関しては、学校側には交通事故で軽い怪我をして入院したということになっているらしい。


 なので、なにか聞かれたらそれに合わせるようにと、昨晩警察のほうから電話があった。くれぐれも余計なことを言わないようにとも釘を刺されたので、口を滑らせないように気を付けなくてはならない。


 純は気を引き締めながら、通学路を歩き、やがて学校の昇降口までやってきた。


 昇降口で靴を履き替え、下駄箱まで持って行く。


 と、そこで。


「あ……」


 ばったり美愛と遭遇した。


 美愛はぱちくりと目を瞬かせながら純を見つめた後、「生きてた……」とぽつりと呟いた。


「え?」


 その呟きに、純が不思議そうな顔で聞き返すと、美愛はハッとなった顔をして、


「いや、その――なんでもない!」


 と言ってぱたぱたと駆けて行ってしまった。


 純はなんだか少し様子がおかしいな美愛に首を傾げながらも、教室へと向かった。



 教室に入ると、クラスメイトが一斉に純のほうを振り向いた。その目は驚きや好奇心といった感情が入り混じっている。


 その視線自体に悪意はないのはわかっているが、息が詰まりそうになる。


 純は極力目を合わせないようにしながら自席へと向かう。


 だがその途中、待ち構えるようにして一人の男子クラスメイトが立ちはだかり、純はやむなく足を止めた。


 なにを言われるのかと身を固くしていると、その男子クラスメイトは口を開いた。


「おい純! 交通事故に遭ったんだって? 怪我はなかったのか? 話だと軽いって聞いたけど」


 まるで周りに言い聞かせるようにそう言ったのは――臆人だった。


「あ、うん。でも、この通り怪我はほとんどなくて!」

「そっかそっか! 四日も学校休んだから心配したぞ!」

「なんか検査入院とかで時間かかっちゃって! 逆に病院で暇してたくらいだったんんだ」

「なんだよ、じゃあずる休みみたいなもんか」

「まあ確かに、病院でごろごろしてたし」


 と、冗談交じりに話していると、周りの視線は少しずつ散っていく。おそらく、大したことなさそうだと興味が薄れていったのだろう。


 純はその空気に内心ホッとしながら、臆人に小声で話しかけた。


「ありがとう。助かったよ」

「いいってことよ」


 臆人の屈託のない笑みを見て、純は肩の力を抜いて堂々と自席に向かった。


「もっと堂々と入ってきなさいよ」


 純が席に着くなり、隣の席から不機嫌な声が聞こえてきた。


「え……」


 いきなり声をかけられたことに純は驚きながら、隣に視線をやる。


 そして、むすっとした表情でこちらを見ている楓と目が合う。


 楓は美愛と仲のいい友達だ。そして、あまり男子と話そうとするタイプではない。少なくとも、いきなりこんな高圧的に話しかけてくるタイプではなかったはずだ。


「別に罪を犯したわけじゃないんだから、シャキッとしなさいよ」

「そうだよね、ごめん」


 なんだか母親に怒られているような気分で謝っていると、楓がぼそりと周りに聞こえない程度の声でそっと呟いた。


「……それで、具合はどう? あの群れ熊に教われたんでしょ。あいつら、ちょっかい出すとすぐに群れで襲ってくるから」

「え、どうしてそのことを……」

「そんなの、私が臆人を知ってるからよ」


 楓にそう言われて純は昨日臆人が言っていた言葉を思い出す。


 臆人はクラスメイトに仲間がいると言っていた。それが、彼女なのか。


「そうだったんだ……全然一緒にいるところ見かけなかったのに」


 純は驚きながら楓を見る。なら彼女も当然魔界から来たことになるのだが、俄かには信じられない話だ。


「それはまぁ……ここで仲良さそうに話してたら変な誤解されそうだし」

「まあそれもそうかもね」

「ねぇ、それより聞いてほしいことがあるんだけど……」


 突然、楓がそわそわしたように純にそう聞いてきて、純は首を傾げる。


「いいけど……なに?」

「私の髪って、地毛が桜色なのよ」


 楓は自分の栗色の髪を指差して自慢げにそう言う。


「さ、さくら……?」


 純は楓の地毛が桜色だと言われたことと、それがなんだという二つのことに困惑させられ言葉を詰まらせる。


 だが、楓はそれに気づかない様子で話を進める。


「でね、こっちに来る時にその色じゃ、絶対浮いちゃうでしょ。だからね、この学校に入る前に、髪色を変えようと思ったの」

「変えようと……? どうやって?」


 純は今だ話の展開が掴めないままそう聞くと、楓が周りを気にしながら純の耳元でこう囁いた。


「魔法よ、魔法」


 そう言われて、純は「あぁ」と納得する。


 けれどやっぱり、それがなんだというのかという困惑からは抜け出せず、曖昧な返事になる。


「それで最初は無難に黒にしようかと思ったんだけどね、やっぱり茶色のほうがいいかなーって思って。ほら、やっぱりこの位の女の子の憧れでしょ、茶髪って」

「まぁ、確かに」


 それは頷ける話だ。茶髪とか茶色の瞳とか、なにかにつけて女子中学生、女子高生は茶色にしたがる傾向がある。


 そしてなんとなくだが、この話の展開が読めてきた。


「だから私、めちゃめちゃ努力して、この色に変えたわけ。ねぇ、凄くない? 絶妙な色合いだと思わない?」


 楓はドヤ顔をしながら。栗色に染まった髪をかきあげて純に見せ付けてきた。


 ようするにこれはただの自慢話だ。しかも、魔法が使えることを知っている人限定の。


「う、うん……いいと思う」

「……それだけ?」

「え!? いや、その……似合ってる、かな」

「……で?」

「か、可愛いー、美少女ー」

「それ、心こもってる?」

「…………」

「黙らないでよ!」


 と楓がツッコミを入れたところで、「で、そんなことよりも本題に入るんだけど」と続けてきたので、純は内心まだ続くのかと思いながらも話を聞くことにした。


「ねぇあんた、美愛の様子が最近変なんだけど、なにか知ってる?」

「変……?」


 しょうもない話だったらさっさと話半分くらいに聞いておこうと思っていたら、意外にまともな話題が飛び込んできたので、純は真面目に聞く体勢をとる。


「なんか、急に顔つきが変わったわね」

「そ、そうかな? そ、それよりも変ってどういう……?」

「なんか、いつにも増してぼうっとしてるのよ。この前なんか、帰り道電柱にぶつかってたんだから」

「そ、それは本格的にやばそうだね」


 電柱にぶつかるなんて、相当ぼうっとしてないとできない芸当だ。


「で、そうなったのがあんたが学校を休み始めてからなのよ」

「僕が……?」


 それはもしかして、なんて考えが一瞬頭を過ったとき、楓がぎろりと純を睨んだ。


「なにちょっと嬉しそうな顔してるのよ。ま、好きな女の子に心配されたら、そりゃ嬉しくもなるわよね」

「な、なんでそれを――!」


 純の顔が恥ずかしそうに赤くなる。その様子に、楓は溜め息交じりに答える。


「そんなの見てればわかるわよ。私は美愛の一番の友達なんだから」

「……奏多さんには気づかれてませんよね?」

「まあ、あの子も鈍いから」

「も?」

「そんなことより、私もあんたが心配で様子がおかしいのかと思ってたけど、あんたが軽い怪我だって知らされたときも、こうして学校に通ってからも、変わってないのよ」


 楓はそっと美愛のいる廊下側の席を見る。それにつられて純もそちらに目をやると、美愛が浮かない様子で座っているのが見える。


「でも、ああなったのがあんたが学校を休んでからだから、あんたが関係していることは間違いない。でも、話してくれないのよね」


 楓は怪訝な顔でそう言うが、その声のトーンは少し低い。きっと、頼られないことに寂しさを感じているのだろう。


「引っ越しのときも、そうだった」

「紅葉さん……」

「だから、話を聞いてあげてほしいの。お願い」


 楓の表情は、先ほどとは打って変わって真剣で、本当に美愛を心配していることが伝わってきた。


 ならば、これに応えるのが男というものだ。


「うん、わかった」

「ありがと。じゃあとりあえず屋上の鍵開けといたから、話をするならそこを使って。そこなら誰もいないだろうし」


 楓はすぐにけろっとした表情に戻り、予め用意しておいたような口調で喋り始める。


「え……屋上って何年か前に開かないよう封鎖されたって」

「そんなの、私にかかればお手のものよ」


 にこりと満面の笑みを浮かべてそう言う楓に、純は薄笑いを浮かべるしかなかった。


 というわけで、美愛の話を聞くという決心をしたわけだが。


「ど、どうやって話しかけよう……」


 純は早速挫折しかけていた。


 そもそも話しかけることですら勇気がいるのに、そこから彼女の悩みをどう聞き出せばいいのか、その上手い方法が思いつかない。


「話を聞くぜマイハ二―、とか?」

「ふざけないでくれませんか?」


 楓は楓で茶化すばかりだし――というか、悩む必要ある?みたいなスタンス――、臆人に聞いたら聞いたで、「いや、普通に聞けばいいだろ」と言われるだけで、参考にならない。


 と、そんなこんなでうじうじ悩んでいると気づけば放課後に突入していた。


 もう悩んでいる暇はない。ここで足踏みしていては美愛が帰ってしまう。


 勇気を振り絞らなくては!


 臆人の見守るような視線と、楓の早く行けよみたいな視線が刺さる中、純は意を決して席を立ちあがった。


 そしてその足で美愛の席まで向かおうとしたときだった。


「あの、立山くん」

「うわ!?」


 いつの間にか目の前に美愛が立っていることに驚き、純は危うく後ろにひっくり返りそうになった。


「だ、大丈夫……?」

「あ、うん……ぎりぎり。そ、それで、どうかしたんですか?」


 とにかく平静を装いながら、純は美愛にそう質問する。


 すると美愛は、こう言った。


「ちょっと、話があるんだけど、いいかな」

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