第12話 元凶

イルナの登場により、楓は純と美愛からイルナに身体を向けた。


「この国を救ってほしいってどういう意味よ」

「そのままの意味だ。このままだと我が国は滅びる」


イルナは憂いのある表情で楓を見た。凛々しくもあるが、懇願するような悲壮な表情は顔からにじみ出ている。ポーカーフェイスなのに、表情が見え隠れしているみたいな。


「ようはあいつと引き換えに国を救えってこと?」

「そういうことだ。本当に彼のことを想っているのなら、我に協力してほしい」


「いくら元国王の息子とはいえ、年端もいかない我に国をまとめることはできそうになくてな」


そこでようやくイルナの顔が純を向く。


「そなたが魔界に来た人間か? 名は」

「……立山純、です」

「ならば純、よくやった。そなたが必死に抵抗していなかったら、全滅していたぞ」

「……全滅?」


聞き捨てならない言葉に純は顔を強張らせる。


「もしこの女に負けて城に向かっていたら、臆人もろとも処刑されていた。そういう意味では、よくやった。よく時間を稼いでくれた」


まさかこんな変化球に変化をつけたようなタイミングで褒められたので、なんの反応もできず、純は固まってしまって動けない。


「それからそこの彼女。彼女を止めてくれて助かった。」

「最初から、誰も助ける気はなかったってことね」

「あぁ。芽を摘んでおこうという話だ。おまえならこれがどういう意味かわかるだろう」


イルナは冷静に楓を論破していく。


「臆人は無事?」

「あぁ、まぁ、人間をおびき出したらまとめて殺されるだろうがな」

「それで、国を救ってくれっていうのは。具体的に説明して」

「この国が他の国とは違い魔素が異常に濃くなっていることは知っているな。これは、時を司る魔女カーミラの仕業だ」

「魔女……」


ファンタジーの世界では最早必須といっても過言ではないほどの登場人物だ。黒い三角帽に黒の装束のイメージだが、魔界ではどういう扱いなのか。


「このカーミラを城の奥深くで培養している。もちろん、そのものではない。切り落とした腕だ。その瘴気が魔素となり、この国の魔素を濃くしている」

「そんなに人間のことが」

「いや、それはあくまでも副産物だ。主要の目的は戦力強化だ」

「戦力強化?」

「魔素は、魔力の底上げをしてくれる。それを使った」

「そんな便利なものなんですね」

「だが、それには相応のリスクを伴う」


イルナは説明する。


「魔素の濃度を上げれば上げるほど、魔力調整が難しくなり制御できなくなると、暴発して自滅する可能性が高くなる。さらに今回は純粋な魔素ではなく魔女の瘴気を代用しているから、余計にたちがわるい。瘴気にあてられ続けると不調を起こすものもいる。現に、城でも兵が何人か寝込んでいる」あ


イルナが苦痛に顔を歪める。


「だが、それ以上に、胎児への影響が酷い。そなたと同じだ。多量の魔素は毒となり、胎児を蝕む。魔人の血を引いているので君ほどではないが、徐々に衰弱死に向かう」


二人は無言のまま聞いていた。


「これは、国の問題ではあるが、発端は城で起こっている。守るための城が、国民を蝕んでいる。これが私には我慢ならないのだ」


イルナは懇願するような目を二人に向ける。


「だが、私にはこの蛮行を止められない。父上が生きていれば別だが、もういない。他国を頼るわけにはいかない。だから、頼む。助けてくれ」


イルナは頭を下げた。「未来ある子供たちを救ってくれないか」


「そんなの、そんなのはいそうですかって言えるわけないでしょ」

「カイトのことは、すまないと思っている」

「父親を殺されて、挙句国に追放された臆人の気持ち考えたことあるの」

「だが、俺は信じている。臆人は人間を憎んでなんかいない。国を恨んでいるわけでもない。そうだろう?」

「……作戦はあるの?」


じっと楓はイルナを見た。


「あいつを助けるための作戦。あるからここに来たんでしょ」

「あぁ」


イルナは黒い渦に目を向けた。


「ここを見ろ。通路が見えるだろう。ここを抜けると、臆人のいる牢獄にたどりつく。城の幾重にも張り巡らされた罠と見張りをかいくぐらなくて済む」

「そこが罠だってことはないわけ」

「それは信じてもらうしかない。あとは他に、そうだな」

「純、おまえは最初に入ったとき、ものの五分ほどで魔素中毒に陥り死の淵をさまよったな」

「はい」

「なら次は、一時間で魔素中毒を起こすだろう。それまでは持つ。私の名に懸けてそれを保証しよう」

「耳を傾けないで。それも罠かも」


たしかに、そう思えるかもしれない。でも、イルナの表情を見る限り、嘘とは思えない。ここは、信じてみるべきなのかもしれない。


「一時間、それで臆人を救えますか?」

「あぁ。ただし、不測の事態が起きた場合は除外する。なにが起こるかはわからないからな」


もしここで美愛がいたら、そんなところに行くなと全力で反対するだろう。危険。本当に死ぬかもしれない。死んだらもう、終わりだからと。


それでも、今までに登場してきた物語の主人公は、決してここで退き下がったりしない。


「行きましょう」

「顔が引き締まったな。後ろに想い人がいるおかげかな?」

「んな!」


慌てた様子で後ろを振り向くと、バツが悪そうに立っているままの美愛がいた。


近づいて、なんて声をかければいいのか迷っていると、美愛が口を開いた。


「帰ってきてね、ちゃんと」

「……はい。無事に」


純は前を向く。


イルナが仮面をかぶった。


「では行こう、臆人奪還作戦開始だ」


「頭が回らぬ奴だな。曲がりなりにも魔人になれたのだから、魔素への耐性も強くなっているに決まってる。そうだな、ざっくり一時間といったところか」

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