第9話 デート
ここ埼玉には有名な超大型ショッピングセンターがある。名前は『アイクタウン』。
その面積は他のショッピングセンターの追従を許さず、圧倒的第一位を誇っている。
純と美愛が通う
この日も多くの生徒がこのショッピングセンターを訪れる中、その一人として、純はここアイクタウンにやってきた。
純としても何度かここには来たことがあるので、新鮮な感じはまったくしないが、こんなに緊張しながらやってきたのはこれが初めてだった。
今回待ち合わせとなっているのは、このショッピングモールの入り口に出迎えるように置いてある噴水の前だ。
純は時計を確認する。待ち合わせ三十分前だ。さすがに早く来すぎなのはわかっているのだが、家にいても落ち着かないので、ならばとここまで来た次第だ。
ここに来るまでの間、純の心拍は上がりっ放しだった。いくら落ち着こうと深呼吸してもそれは収まらず、遂には諦めてボロを出さないよう気を付けるという方針に変えた。
とりあえずまだ時間はあるので、とにかくまずはここからの予定を――
「あれ? 立山くん、来るの早いね。まだ三十分くらい時間あるけど」
改札のほうからやってきた美愛は、あのとき着ていた白のワンピースに、水色のジャケットを羽織っていた。
清楚にボーイッシュを混ぜ込んだちょっと前と違った雰囲気に、またしても純の心臓は跳ねる。
「いや、なんか早く起きちゃって暇だったので」
「そうなんだ。じゃあ一緒だ。私もなんか早く目が覚めちゃって」
一緒、という言葉にまた心臓がどきりとする。もしかすると、彼女も待ちきれなかったのでは、なんて考えたりしてしまう。
「というか立山くん、ワックス付けてるんだね。なんかいつもと雰囲気違う。良いと思う」
「そ、そうですか。奏多さんもその……似合ってますよ」
後半は恥ずかしさの余り目線を逸らしてしまったが、言い切ることができた自分にほんの少し嬉しさを感じる。
「ありがと。頑張って選んだ甲斐があったかも」
「あ、そ、そうなんですね」
「うん。だって、こうして君と二人で出かけることも、もう無いだろうから」
努めて平然と言う彼女に、純の心がちくりと痛んだ。
「じゃあ、いこっか」
「はい」
しんみりとした雰囲気を打ち切るように、二人はアイクタウンの中へと入っていった。
時系列は、純が美愛とのデートの誘いにこぎつけた翌日に遡る。
「え、魔素が濃くなった原因を調べにいく?」
「あぁ」
純の部屋で、純と臆人と楓の三人が集まっていた。
臆人はいつになく真剣な表情で、空気は張り詰めている。
「な、なんで急に……ていうかそもそも当てはあるの?」
「ある。そんでタイミングは今ここしかない。楓の下調べも終わったことだしな」
「下調べ……だから最近放課後いなかったんだ」
純が楓のほうを向くと、楓は腕を組みながら飄々と「そうよ」と端的につぶやいた。
「で、でもこれから刺客がこっちにやってくるんですよね? もしその間に来たら……」
「その撃退方法は教えたろ?」
「いやでも相手は魔法を使ってくるんですよね!? そんな相手にどうやって」
「人間界と魔界で明らかに人間界が秀でてるものがある。それはなんだと思う?」
「なにって……そんなのあるんですか?」
すると臆人はポケットから携帯を取りだした。
「文明だよ。人間界は魔界より明らかに文明が発展してる。それによって秩序が保たれてる」
「秩序が?」
「いわゆる法だな。強盗したり殺人を犯したりすると、人は牢屋に入れられるだろ。それは魔人だって同じだ。あいつらも人間界で人を殺せば殺人の罪に問われる」
「で、でもそんなの魔法でやっつけるか」
「ならもし魔法でやっつけるとして、それをいつまでやればいいと思う? 罪が問われなくなるまでか? もし仮にそんなことをすればこの世界を敵に回し、挙句の果てに魔法を使える人間として解剖される可能性もある」
「な、なら魔界に逃げれば」
「たしかにそれが一番最善だ。けどな、純が異世界に行ったことがばれてどうして今まで追ってが来ないんだと思う?」
「……時間がかかる?」
「そう、時間がかかるんだ。上手くやっても一週間以上魔渦でここと魔界をつなぐには時間がかかる。だからそれまではこっちにいなければならない。防犯カメラが無数にあり、電車にも乗ったことがないただの魔人が、こっちの世界で逃げられると思うか?」
「ようは、リスクがあるってこと?」
「そうだ。あいつらは危険を冒してこっちの世界で勝負をかけてくるんだ。それを逆に利用しろ。法で縛ることによって着実に進化したこの文明を、最大限生かせ」
「なら、こっちで刺客を倒してから調査に行けば」
「それじゃ遅い」
「なんで」
「たおしても刺客はどんどんやってくるからだ。より強く、しかも相手は純が魔法を使えることを知ったうえにな」
「最初しか、チャンスはないのよ」
楓は言った。
「ここで行動しないと純、お前はずっと人間界で命を狙われ続けることになる。けどもし、純が魔界にくることができるようになれば、形勢は逆転する」
「なんで?」
「魔界だと、人間は強くなるからだ。それは、純が肌で感じたろ?」
「うん」
「それに、魔界なら俺達も本気を出せる」
「本気?」
「殺すこともできるってことだ」
殺す、という言葉が出てきて、純の心がひんやりとする。
「純にとっては慣れないところだと思う。でもな、魔界はそういうところなんだ。生きてるやつが法、そういうとこなんだ」
最後に臆人はこう言った。
「だからもし、俺達がいない間に敵が来たとしても、逃げるな。勇気を振り絞れ」
ここアイクタウンは三階建てで、それぞれ『風』と『森』のエリアに分けられており、このエリア間を二階にあるブリッジでつないで、両エリアを行き来できる構造になっている。
風と森にエリアが分かれているのは、それぞれ層が違うからだ。とりわけ二十代から三十代向けに作られているのが風エリアで、ファミリーやシニア向けに作られたのが森エリアだ。
そして映画館があるのは風エリア。今二人がいるところだ。
基本的に、学生は電車でここに来る。なので、改札から一番近い入り口は若者向けに作られた風エリアに通じるようになっている。
二人は映画館に向かいながら、軽く店を回ることにした。
「それで、今回観る映画なんですけど――」
今回純が臆人からもらった映画のチケットは、いま上映されている作品をどれでも選んで観れるチケットだ。なので、二人でどの映画を観るか選ぶことができる。
もしかすると、二人でどんな映画を観るか話すきっかけも踏まえて選んでくれたのかもしれないが、純はもう観る映画を決めていた。
「小説の神さまっていうんですけど、知ってますか?」
「聞いたことはあるけど、読んだことはないかな」
そう言われて内心ホッとした。この映画は原作を基に作られた映画なので、原作を読んでいたら違う映画に変更するしかなかった。
「なら、良ければそれを観たいんですけど、どうですか?」
「いいよ。わざわざ君が推す映画なんだもの。きっと、面白いだろうし」
美愛の言うことが一々嬉しくて、純の心は休まらないが、とにかくこの映画に決まったことは純にとってはガッツポーズしたいくらいの出来事だった。
「ちなみに、どんな話なの?」
「小説を書いてる一人の女の子が、一歩踏み出すお話ですかね」
「そうなんだ。楽しみだなぁ……あ」
相槌を打っていた美愛の視線が、ある一点に止まり、足を止めた。
「どうしたんですか?」
急に止まった美愛に純が首を傾げていると、
「ねぇ立山君。まだ映画まで時間あるよね?」
「まぁ、はい」
「私、行ってみたいお店があるんだけど」
「行ってみたいお店ですか?」
「ほら、あそこ」
美愛が指差した先には、白を基調とした外観のお店があった。看板には、『幸せのパンケーキ』と書かれている。
「食べると幸せになるらしいよ」
「なんか怖い謳い文句ですね」
「とにかく入ろ」
店内は落ち着いた内装で、お客にも男性だけで食べに来ている人もいて、純は意外に感じながら席に着いた。
メニュー表には色とりどりの果物をあしらった、いかにも写真映えしそうなパンケーキがずらりと並んでいる。値段も、決して安くない。
店内を見渡すと、お客は皆、運ばれてきたパンケーキを写真に収めている。これが俗にいうインスタ映えというやつだろう。
「うわー、色々ありすぎてどれにしようか迷っちゃうなぁ」
メニューを見ながら目を輝かせて選んでいる美愛に、純は質問した。
「こういうとこ、よく来るんですか?」
「うーん、誘われたら行くけど、自分から行きたいとは思わないかな」
「へぇ……なんでですか?」
「だってさ、このパンケーキで小説買えるんだよ? ならそっちにお金使ったほうがいいかなぁって」
「それ、小説家の人に言ったら泣いて喜びますね」
「お礼にパンケーキ買ってくれるかも」
「そしたら一石二鳥ですね」
他愛もない話をしていると、パンケーキが運ばれてきた。今回頼んだのは一番王道で、看板の名前がそのまま使われているものだ。パンケーキの上にバニラアイスとミントがトッピングしてあり、そこに添えるようにキャラメルソースの入った瓶が置かれている。
「やっぱり写真は撮るべきだよね」
「別に強制じゃないですけどね」
二人はそのパンケーキを写真に収めた。
「それで、撮った写真はあれだよね、インスタグラム」
「インスタ映えってやつですね」
純はインスタをやっていないので、写真を撮っても載せる気はないので、そのままパンケーキに手を付ける。食べてみると確かに、幸せを感じるようなふわふわ食感で、いくらでも食べられそうだった。
「ねぇ、立山くん。いま私大変なことに気がついたよ」
「どうしたんですか?」
「インスタ、登録してなかった」
「……はは! なんですかそれ!」
純は思わず声に出して笑う。それを見た美愛が、眉を吊り上げて純を睨む。
「そんなに笑わなくてもいいんじゃないかな」
「いや、すいません。でも、こういう店来たことあるんですよね? そのときはどうしてたんですか?」
そう切り返された美愛は、目を逸らしてこう言った。
「……食欲のほうが、勝っちゃって」
「なるほど。……でも、なんで今日は?」
「それは……ほら、そのほうが、女の子っぽいかなって」
美愛は恥ずかしかったのか、俯き加減にそう言った。
「……変なところ気にするんですね」
「乙女心! 君、そういうの理解しないとモテないよ?」
「あはは……肝に銘じておきます」
その後はパンケーキを二人で食べ進めながら他愛もない話をした。女子はやっぱりダイエットしてるものなのかとか、あのラノベの新作が面白かったとか、あの子とあの子が付き合ってるのだとか、とにかく色々だ。
そんな話をしていたら、あっと言う間にパンケーキを食べ終えていた。
「そうだ、立山君。君は私に風邪を引かせたお礼としてこうして映画に連れて行ってくれてるわけだけどさ」
「……はい」
「まだ、足りないんじゃないかな」
「……え」
思わず持っていたコーヒーカップを落としそうになりながら、純は目を白黒させる。
「と、いうのは」
「それでさ、君に一つしてほしいことがあるんだけど」
「してほしいこと、ですか?」
一体何を要求されるのだろうか。ここのパンケーキ代を払えだとしたら、喜んで払う。というか、元々払うつもりだったので、痛くもかゆくもない。
そう呑気に構えていると、美愛の口からは出てきたのは、まったく予想外の言葉だった。
「敬語、やめにしない?」
確かに、美愛はいま普通にクラスメイトに話すように話しているが、純は違う。敬語を使って、一歩距離を置いたような話し方をしている。
これは、出鼻で敬語を使ってしまったことによる弊害で、どこで敬語からタメ口に戻せばいいのかわからなくなり、結果この二年半敬語でやってきてしまっていた。
正直、これは敬語からタメに直せるとても良い機会だった。
「うん、わかった。ありがとう、奏多さん」
「だって君このままだと転校するまで敬語で話してそうだし」
「多分、そうだったかも」
この話し方に慣れないぎこちなさを感じつつも、距離が縮まったような気がして純は嬉しくなる。
本当に今日は嬉しくなってばかりだ。
そう言って美愛が時計を覗いた瞬間、美愛は「うわ! もうこんな時間!」と叫ぶ。それを見て純も時計を確認する。その時刻は、もうすぐ映画が始まる時刻を指していた。
「立山くん急ごう! 映画始まっちゃう!」
「そうだね!」
二人はすぐにお会計を済ませて、店を飛び出した。
――その二人の背中を、一人の男が捉えた。長身で、黒い装束を見に纏い、腰には剣が差さっている。
そしてその男は、その内の一人を純だと認識すると、にやりと怪し気に笑った。
「みーつけた」
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