第3話 異世界の行き方
「じゃあまた明日ね、立山くん」
「はい、また明日」
名残惜しさはあるものの、純は校門の前で美愛と別れた。
楽しい時間は本当にあっと言う間だなと、純は鞄を両手で前に持ち、髪を揺らしながら帰っていく美愛を見ながら思う。
美愛と別れた後は、日が沈んですっかり暗くなった夜の帰路を、考え事で頭をいっぱいにさせながら歩いていた。
――この現実に、異世界は存在するのか。
純が思うに、異世界が存在するのかどうかは、某猫型ロボットが21世紀からやってくるくらいに非現実的だ。
それにもし仮に異世界が存在したとしても、そこに彼女を連れて行くことには、様々な問題が生じてしまう。
その中で一番問題なのが、行き方だ。
純は道路でスピードを出して往来する車を眺める。
異世界転生ものにおいて、異世界への行き方で一番身近なのは交通事故だ。
――車に轢かれて死ぬ。
ここで大事なのは『死ぬこと』だ。
死ねるのなら何でもいい。なら一番身近で、人々が不運な出来事だと呑み込みやすいのが、交通事故なのだ。
結局のところ、異世界ものは異世界に行ってからが勝負。死ぬまでの過程は、記憶に残らなくていい。むしろ、記憶に残るような手の込んだことをやると、変に誤解を生む可能性があるので、やらないほうがいいまである。
だがここで論理的に異世界に行こうと考えるとなると――論理的に創作上のものを考えるのも変な話だが――、交通事故で死んでみるのが一番異世界に行ける可能性が高いわけだが。
純は赤になっている横断歩道の信号を見て止まる。横断歩道には飛び交うように車がそこを行き来している。一歩でも踏み出せば、瞬く間に交通事故を引き起こすことができるだろう。
もちろん純はそんなことはせず、青信号になって車が完全に止まったのを見て歩きだした。
死んで異世界に行くなんて論外である。
そもそも死ななきゃ行けない異世界に彼女を連れて行くとしたら、「異世界に行くために僕と一緒に交通事故で死にましょう」という話になる。
これではただの心中の誘いだ。
なので、もし仮に異世界があったとしても、その異世界は死ななくても行けるところでなくてはならない。
そして次に挙げる問題として、その異世界は帰ってくることが出来なければならない。それも、特に条件とかも無しに。
行ったら最後簡単には戻れない異世界になんて彼女を連れて行こうとしたら、今度は心中ではなく駆け落ちの誘いになってしまう。
これをまとめると、連れて行く異世界は『死ななくて気軽に帰って来れる異世界』でなくてはならない。
「……いやいや、何考えてるんだ俺は」
そもそも異世界があるかどうかもわからないのに、行ける異世界に条件を付けてどうするのか。
そんなの、見たこともない景色を水墨画で描いてくれと言っているようなものだ。
到底、できるわけがない。
純は溜め息を吐いた。一旦これまでのことを脳から削除するため、頭をぶるぶると横に振る。
頭がリセットされる。
けれどそれでも、出てくるのは異世界のことばかりだった。
「異世界……異世界ってたしか……」
一度脳内がリセットされたからなのか、純はあることを思い出す。
それは、異世界ものには二つのパターンが存在するということだ。
一つは、おなじみの異世界転生。死んでから新たな世界でやり直すもの。
そしてもう一つ――それと似たようなものがあった気が。
純がそれがなんなのか、必死に考えているときだった。
「あれ、ここどこだ」
考えるのに夢中になっていたためか、気づけば見覚えのない場所に来てしまっていた。
戻らなければと純は後ろを振り向くが、振り返ってみてもその景色にまったく見覚えがない。
というか、ついさっきまでは車が行き交う大通りを歩いていたはずだが、今は一本道のちょうど真ん中くらいにいる。
左右は真っ白な壁があって、道は前も後ろも真っ直ぐ。先はどこまでも続いているように見える。
人の景色は皆無で、ただただ静寂がこの空間を漂っている。
純は急に怖くなった。
――なにか、嫌な予感がする。
そしてその予感はすぐに的中した。
それは純がおもむろに前を見たときだった。
目の前に、黒い渦がある。
行く手を阻むように存在するそれは、まるで障子に指で穴を開けたみたいな形をしていて、とぐろを巻くようにうねうねとうねっている。まるで生きているかのようだった。
「な、なんだ……これ……!?」
純は恐ろしさのあまり腰を抜かし、 地面にぺたんと尻餅をつく。そのまま後ろに退き下がろうとしたが、身体は強張って言うことが聞かない。
「だ、だれか……!」
振り絞るように出した声は、無情にも誰にも届かない。
怖い。その感情が純の心を埋め尽くす。
動こうとしない身体を必死に動かそうともがきながら、純はほんの少しずつ黒い渦と距離を離していく。
黒い渦に、追ってくる気配はない。
それに多少の安堵を覚えたのか、純はここでようやくその黒い渦を冷静に見た。
「あれ……?」
渦の中心部に、なにかが映し出されているのが見えたのだ。
それはどこかの景色のようで、純は逃げることも忘れてじっと目を凝らす。
「これって……」
まず見えたのが、真っ青な空と広大な草原だった。
次いで、街が見える。その街はどこか西洋を思わせる街並みで、異世界ではおなじみの光景だった。
そこで純は先ほどまで考えていた転生もののもう一つのパターンを思い出す。
『異世界転移』
異世界転移とは、転生とは違って『死』が引き金になるのではなく、異世界側から召喚されるだったり、異世界に続く扉を通ったり、何かを願ったりしたときなどのその事象が引き金になるというものだ。
そして今目の前にあるこの黒い渦と、渦に映し出されている光景を見る限り、もしかするといま、なにかの引き金で『異世界転移』が発生し、この黒い渦が異世界につながるゲートとしてここに現れたのではないだろうか。
もし仮にそうだとするならば――千載一遇のチャンスだ。
純は恐る恐る立ちあがった。気づけば、身体は正常に動くようになっていた。
そのまま、黒い渦へと近づいていく。
この黒い渦を通れば、異世界に行くことができるかもしれない。
けれど純は、不意にその足を止めた。
もし仮に、これが異世界へと通じる扉だとして。
果たしてこっちの世界に帰ってくることはできるのだろうか。
もしこの異世界が帰ってこれない異世界だとするなら、この扉を潜った瞬間、家族とも友達とも、そして美愛とももう会えなくなる。それは嫌だ。
だが、同時にこのチャンスをみすみす逃すわけにもいかないと思っている。こんなチャンス、もう二度と巡ってくることはないだろう。
ならどうするのが正解か。純が考えあぐねていると――黒い渦が動き出した。
「え――」
黒い渦は、その端から黒い触手のようなものを何本も生成し、くねくねうねらせながら純に向かって伸びた。
「ちょ――!」
触手のスピードは速く、純は逃げる隙もないままその触手に拘束される。
そして、
「待って――!」
触手は拘束されもがいている純をひょいと持ち上げると、そのままその黒い渦の中心へと放り投げられた。
「うわぁぁぁぁ!」
純は頭からその黒い渦に放り込まれ、多少の浮遊感を覚えた後、したたたかに地面に顔を打ち付けた。
「いったぁ……」
純は涙目になりながら大の字で転がっている上体をゆっくりと起こす。右頬がひりひりとするので、触りながら辺りを見渡す。
――その瞬間、頬の痛みなんてすっ飛んでいた。
そこはまさしく幻想的な世界だった。
青々とした空と、広大な草原。黒い渦からの光景からでは見えなかったが、遠くに海も見える。
ここはどうやら周りより高台になっているようで、周りの景色が一望できる。
その世界はどう見ても――異世界そのものだった。
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