第26話
店の勘定をすべて引き受けた私は、急いでアパートに戻り、鍵を開けて部屋に入ったとき、躰の中のすべてが吐き出されるくらいの大きな息を吐いた。
ダイニングにシーマの姿がなかったからだ。どうせまたすぐに戻って来る――と半信半疑の気持が強かったが、こうして誰も坐っていない椅子を見ると、やはり本当だったのだとつくづく実感した。
背広の上着を脱いでネクタイを取っただけで、早速メールを送るためにパソコンの電源スイッチを押す。パソコンが小さく短い返事を返してきた。
すぐにでもけさの件と次のデートの約束を兼ねたメールを送ろうと思ったが、一旦風呂にでも入って頭の中を整理することにした。
バスタブに湯が満たされるまでの間、ダイニングに面した窓を三十センチほど開け放った。少し考えてから、テーブルの上にきのうから置いたままになってる煙草の函を手元に引き寄せ、一本抜き取る。火を点けながら自分のことを誉めてやった。これまで一日ふた箱近く烟にしていたが、最近ではひと箱ですむようになった。これもひとえに彼女のお陰と、感謝している。
薄汚れたカーテンを見ると、ひんやりとした秋の風を、手招きでもするように目いっぱい孕みながらはためいている。ゆっくりと吐き出した烟が部屋の隅に押しやられてゆく。
バスタブに首まで浸かりながらメールの文章を思い浮かべる。なかなか思うような文章ならない。掬った湯で二度三度と顔を擦り洗う。少しすっきりとした。
風呂から上がってドライヤーで髪を乾かしたあと、冷蔵庫のミネラルウォーターを取り出した。ダイニングに戻ってペットボトルを口にしたとき、すっと寂寥感が横入りをした。これまであたり前のようにあったものが、一方的な都合で姿を消されてしまうと、心のどこかに大きな穴が開いている気がしてならない。
あれだけ嫌っていた風船顔のシーマなのに、いざこうなってみるともう一度会ってみたい気になるのが自分でも不思議だった。
躰もさっぱりしたし、文章もだいたいできあがっている。そろそろ彼女に送ることにしようと、パソコンの載っている机に向かった。
マウスを手にしてメールソフトを立ち上げる。そのとき、画面が一件の新着メールの届いていることを報せた。急いでクリックすると、果たしてメールの差出人は彼女からだった。
嬉しくなってどきどきしながら読みはじめ、中ほどまで読んだとき、自分の顔から血の気の引くのがわかった。
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