第25話
「まだ彼女に打ち明けたわけじゃないので、これから話すことは、あくまでも俺の希望的観測だから、そのつもりで聞いて欲しい」
私は空になった佐々木のジョッキを見て、手持ち無沙汰にしていた店員を呼んだ。
「わかった」
「もし、彼女さえOKしてくれたら、結婚したいと思ってる。だが、正直なところまだそこまで辿り着いてない」
届いた生ビールを三分の一ほど一気に飲む。知らぬ内にそうしていた。
「そうだな。まあおまえもそろそろ身を固めんといかんだろ。これ以上遊んだらバチがあたるからな」
注文したカキフライを箸で摘みながら言った。
「よせよ。俺はおまえが想ってるほど遊んでなんかいない。そりゃあ若いころには遊んだ記憶はある。でもそれはおまえだって一緒じゃないか。そんなことより、いま行き詰ってるんだ。何とかちからになって欲しい」
もう三分の一ビールを飲んだ。
「いいさ、いいけど、どんなちからになったらいいんだ? 最初から断わって置くが、金の話なら無理だぜ」
カキフライを箸で摘みながら、店員にいつもの焼き鳥の盛り合わせとアジの塩焼きを言いつける。
「心配するな、そんなんじゃない。例えば、彼女に告白をするのに、経験者のおまえにどこか適当ないい場所を知らないか相談したかっただけだよ」
「何だ、そんなことか。しかしおまえもガキじゃないんだから、それくらいのことで俺に相談すんな」
佐々木はいつの間にか日本酒に切り替えていた。
「そんな言い方しなくたっていいじゃないか。何か困ったことがあったら何でも話せよ、っていつも口癖のように言ったのはおまえのほうだろ」
「そうだったかな。ところで、さっきから一本も喫ってないけど、おまえ煙草をやめたのか?」
「いや、そいじゃないんだけど、彼女、煙草の烟が苦手だから、あまり喫わないようにしていたら、自然と本数が減った」
「すごいな、好きな女性のひと言って。あれだけ好きな煙草をやめさせることができるんだからな。言い換えれば、医者の言葉よりもよく効くんじゃないのか? それより、さっきの告白場所をさがしてる話なんだけど、夜の港とか、夜の遊園地なんかどうだ」
佐々木は猪口を手にしたまま、私の横顔を見た。
「うーん、夜の遊園地か。わるくないよな」
「そうだ。大観覧車の中で夜景を見ながら頂上で告白するっていうのもロマンチックじゃないか」
「なるほど……。夜の遊園地とは気づかなかったな。でも、そういうのって、若者のプロポーズパターンじゃないのか? いい歳をしてみっともなくないかなあ」
「あのな、女っていうのはな、ことイベントに関して執拗なまでに覚えているものだ。俺の経験からすると、けじめをつけるときは、インパクトが強いほうが絶対にいい。決めるところで決めないと、後々まで愚痴られることになるぞ」
「そんなもんか」
私は知らない間に猪口に入った日本酒を口にしていた。その酒の味がいつもと違っているのは、佐々木がくれたヒントによって、彼女との結婚へ一歩近づいた気がしたからかもしれない。
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