第21話
シーマは昼中に姿を見せることはまずないが、夕まずめになると必ずと言っていいほど、それもアパートの部屋にだけ現れる。
それだけならまだ我慢ができるのだが、あれ以来必ず自殺男がシーマの腰ぎんちゃくのようにくっついて来るのだ。だがそれも、当初は神経質になって苛々が募ったものだが、毎日がそうであると、誰もいない部屋に戻ってひとりでいるより、話し相手ができてむしろそのほうがいいと思うようになった。シーマが口癖のように言いつづける「腰掛け」という言葉が安心感をもたらしているのも事実だ。きっとそのうちに、新しい死人予備者を見つけて帰って行くことだろう。
次の土曜日は彼女の奢りで念願の焼き鳥を食べに行ったあと、軽くバーで飲んで別れた。
お互いを探るようなデートの二回目がすんなりいくと、それからというものは、決まって金曜日か土曜日にデートをするようになった。だが、金曜日は仕事に左右されるので、どちらかと言えば土曜日のほうが多かった。しかし日曜に会ったことはない。翌日が仕事となると、気分的にゆっくりできないというのがふたりの共通する考えだった。
デートは、もっぱら映画を観たり、ビルの中にある水族館に行ったり、コンサートを聴きに行ったりした。
あっという間に一ヶ月が経ち、気がつくと秋も深くなっていて、駅からつづく街路樹も見事に色づいていた。植え込みの間で恋を囁いていた虫たちも、心なしか
この季節ドライブというのも棄てがたい。私は仕事では車に乗るが、自家用車は持ち合わせていない。必要がないのだ。しかし、彼女と付き合うようになって、いま真剣に考えている。車さえあればどこにでも好きなところに行くことができるし、ずっとふたりだけの時間を過ごすことができる。これまでずっと独身を通してきたお陰で、車の購入資金くらいは蓄えてある。彼女のためなら、高級車の一台くらい惜しくも何ともない。でも、彼女が何と言うかわからないので、一度相談してみようかと思っている。
ある土曜日、中華料理を食べながらその話を持ち出してみた。
「……車があるといいよね。どこにでも好きな場所に行けるからさ」
私の腹はほぼ決まっている。
「どこか行きたいところがあるの?」
彼女は母親のような言い方で訊いた。
「そうじゃないけど、車さえあれば海でも山でも行けるし、もっと長い時間ふたりでいることができるじゃない」
私は心のどこかで彼女が賛同してくれることを期待していた。
「それはそうかもしれないけど、そのために車を買うっていうのは馬鹿げてると思うわ。だってそうでしょ、一週間に一度のデートのために車が必要というのなら、レンタカーでも事足りるんじゃない? レンタカーなら一日借りたとしても、一万円で充分おつりがくるんじゃないかしら」
確かに彼女の考えには筋が通っていた。と同時に、彼女の経済観念に敬服した。そんな答えが返ってくるとは、予想だにしなかった。手放しで賛成してくれるものと思い込んでいたからだ。
「まあ、そう言われればそうなんだけど……」
私はつい言い澱んでしまう。
「そんな無駄づかいしなくたって、私はあなたとこうして話をしているだけで充分愉しんでるわ。それに、私の生活パターンには車なんて存在しないから、まったく想像がつかない」
彼女はそう言ったが、それが本心でないと感じ取ったのは思い過ごしだったのだろうか。
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