第18話
料理を食べながらなのであまり多くを話すことができなかったが、それでも彼女のことがずいぶんと知ることができた。この二時間に満たない時間の中でいちばん感じたのは、彼女と話していると、なぜか心がなごむということだった。それは、これまでに女性と交際をしたことが数回あるが、どの時にもなかった感覚である。
何気なく窓ガラスに目をやると、向かい合ったふたりの姿と、その間にあるキャンドルの明るい炎が映っていた。窓の向こうは、いつの間にか闇が濃くなっていて、道を歩く人の輪郭が認めにくくなっている。まるでゆっくりと海の底に沈んで行くように感じた。
テーブルの下で腕時計を見る。やがて九時になろうとしていた。自分としては、明日は土曜日で仕事が休みだから気にすることはないのだけれど、はじめての日でもあるし、いつまでもずるずると彼女を引き止めるのは賢明ではないと思い、適当に切り上げることにした。
店を出ると、ポツリと額に冷たいものがあたった。思わず見上げると、分厚い雲が低く降りてきていた。天気予報では降るようなことを言ってなかった。この様子だとひょっとしたら明日は雨になるかもしれない、と思いながら来たときと同じ道を駅まで戻った。
別れたくないという気持が歩速を鈍らせる。
「遅くなってしまったから、送りましょうか?」
「いえ、すぐ近くですから、大丈夫です。それより、きょうはご馳走さまでした。この次は私に出させてくださいね。そうじゃないと、私、困ります」
彼女は潤んだ瞳で私を見る。少し酔っているからかもしれないが、そんなことどうでもよかった。正直なところ、できれば明日もこうしてふたりの時間を持ちたいと思っている。しかしあまり強引なところを見せたら、ようやくここまで辿り着いたものが水泡と化してしまう。それだけはどうしても避けなければならない。
「わかりました。あなたがそうしたいと言われるんでしたら、必ず……」
私は彼女の言葉を聞いて嬉しかった。きょう限りじゃないということを、約束されたのと同じことだからだ。
名残り惜しくはあったが、来週の土曜日に再会することを約束して別れた。
彼女の家は反対方向なため、私は人通りが疎らになった駅前で、彼女の姿が見えなくなるまで同じ場所で佇んでいた。
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