第17話

 スタバを出た私たちは、表通りを越えて一本裏の道に入った。イタリア料理店『アマーロ』に向かっている。所詮繁華街とは違うのでネオンもほとんどなく、人影もまばらだった。薄暗い場所をしばらく歩いて少し賑やかな通りに出る。

 先ほどサイトで見た地図を思い浮かべながら、もう少し先にあることを確信しながら歩いた。スタバを出てから、彼女とはまともに会話をしてない。

 やがて道の先の右手に、オレンジ色の明かりが灯るレストランらしきものが見えてきた。果たして、店の前まで来ると、レンガ調の壁にケヤキの板に「Amaro」と彫られた看板がかかっていた。表にメニューが出されてあったが、ここまで来たら入るよりなかった。

「いらっしゃいませ、おふたり様でしょうか?」

 夫婦で切り廻しているのか、見たところ他に従業員らしき者はいない。小ぢんまりした店内だった。五つあるテーブルの内、一卓だけ客がいた。案内されたのは、いちばん奥のテーブルで、すぐ横の大きなガラス窓からは、ツツジの植え込みが見え、その向こうには道行く人の姿が絵画のように映っている。

「お誘いしておいておかしいですが、ここはすべて杉元さんにお任せしますので、よろしくお願いします」

 店の者が傍にいないのを見て軽く頭を下げる。すると彼女は、心得ているといった顔で私を見ると、口に手をあてて少なく微笑った。

 そのとき、これまで見せなかった彼女の内側を垣間見た気がした。というのは、いつも通勤時間の三十分足らず、それも電車の中だからまともな会話というレベルには達してないけれど、それでも私に向ける顔はいつも笑顔だった。しかし、いまの微笑みにはいつもと違うものが秘められているように感じたのは、気のせいだろうか。

 彼女はふたつあるコースの安いほうと、イタリア産の白ワインを言いつけた。値段は安月給の私にも払えるくらいだから、それほど高くはない。すでにネットで予習済みである。

 やがてテーブルに冷えたワインが届き、リンゴほどある大きなグラスで乾杯をした。透き通った金属音が耳朶を震わす。咽喉をつたう白ワインが、ずっとつづいていた緊張感を解してくれた。思わずふたりの間に笑みが洩れた。

 アンティパスト(前菜)は、白い皿に適度な塩味の生ハム、茄子のマリネ、小エビのゼリー寄せの三種類が載っていた。パスタは渡りガニのリングイネ。メインは牛の頬肉の煮込みで、それぞれが絶妙な間で出された。

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