第15話
悩んでいた私ははたと気づいた。インターネットで情報を入手すればいい。早速机の上に置いてあるノートパソコンの電源を入れる。このパソコンは別に欲しくて買ったわけではなく、会社のキャンペーンでほぼ強制的に買わされたものだ。でもそのまま使わずに置いておくのももったいなくて、情報収集のためにインターネットを接続した。あとは表計算ソフトを使うくらいだが、余程のことがない限り仕事は持って帰らないことにしている。
ポータルサイトの地図にリンクしているグルメ情報を開いた。様々な種類の店が目白押しだ。目ぼしい店を上から順に検索しはじめるが、これといった店が見つからない。あきらめて駅から少し離れた場所に地図を移動させてみる。
一軒のイタリア料理店が目に入った。店の名前を『アマーロ』といった。代表メニューを見てみたが、ペンネ、フォカッチャ、プロシュット、アンティパスト、それらの言葉が何を意味するものかさっぱりわからない。時間もあることだし、しばらくネット上でイタリア料理の勉強をすることにした。
何だかんだと調べているうちに、気がつくとすでに二時間近くが経過していた。時計は三時に近かったが、約束の時間までにはまだ三時間半ほどある。シャワーを浴びて髭を剃るのはいいけれど、それよりどんな服装で出かけたらいいのだろう――背広姿というのも色気がないし、あまりくだけた格好も印象をわるくするに違いない。出かける前の女性の心理がわかる気がした。
いい歳をして、胸がわくわくしている。こんな気分になったのはいつ以来だろうか。自分の記憶では二十代後半にそれらしいことがあったきりで、それ以後はずっと忘れていたことだ。
部屋をでなければならない時間になった。秋の日は釣瓶落しとはよく言ったもので、先ほどまで明るさが残っていたはずなのに、すでに窓に映る景色は、帷が街のほとんどを包み込んでしまっていた。
カーテンを閉めて振り返ったとき、またしても心臓が停まりそうになった。きのうと同じ場所にシーマが坐っていたのだ。
「いまから出かけるのか?」
「ああそうだ。でも、あんたには関係ないことだ。それと、もう俺につきまとうのはやめてくれないか、非常に迷惑だ」
私は時間に追われていたために、思わず本心が口から出てしまった。
「そうしてやりたいのは山々だが、こればかりはだめだ。
シーマは視線を中空に据えたまま、冷たい口調で言う。
「だって、あんたきのう言ったじゃないか、ほんの腰掛けだって」
「ああ、確かにそう言った。だが、まだ次が見つからん」
「何でもいいから、とにかく早いことこの部屋から出て行ってくれ」
ますます苛立ちが募ってくる。語気が荒くなっているのが自分でもわかった。
「ずいぶんと上から目線で言ってくれるじゃないか。この世の中に上下関係があるのは、年端も行かない子供でも承知しているはずだろ? それなのに、いい歳をしてそんな口の利き方はしないほうがいいのと違うか?」
シーマはこちらの挑発に乗ることなく、終始冷静な対応をする。それがさらに苛立ちを増幅させる。
「それは人間の世界の話だろ? 俺とあんたは別の世界に生きているわけだし、上下の関係だってあるはずがない」
「そうじゃない。ただこの世に生きている人間があまり知らないだけで、じつはひとりひとりに霊というものが憑いておる。あんたの場合、たまたまこのわしだったというわけだ。だが言っておく、あんたとわしの立場の違いは月までの距離ほど違うんだ。それをようく頭に入れておいてくれ。そうじゃないと、あとで取り返しのつかないことになりかねない」
シーマの言った薄気味の悪い言葉が、私にはピンとこなかった。
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