第12話

 ――

 夕暮れに、薄暗いガード下を歩いていると、シーマが突然姿を現して、こっちに向かって手招きをしている。私はまったく警戒をすることなく、惹かれるように近づいてゆく。すぐ近くまで行くと、シーマは何を思ったか、くるりと踵を返して無数に置かれた自転車の脇を通ってすたすたと歩きはじめた。何度もここを歩いていると思えるくらい要領を得た歩き方に見えた。

 シーマは一度も振り返ることがない。私はついて行くのが精一杯だった。

 どれくらい歩いただろう、あたりはすでに真っ暗になっていた。下手をすると、先を行くシーマの背中を見失いそうなくらいだ。

 シーマは、一軒の掘立小屋の前で立ち止まる。周りが暗いせいか、どう見てもみすぼらしいとしか言えない。ここまで来てやっと振り返った。そしてあの気味の悪い薄笑いを浮かべると、ついて来いと言わんばかりに小屋に向かいはじめる。まるで自分の住み家でもあるかのように勝手に戸を開けて中に入った。そのとき、小屋の明かりが鋭い刃物となって闇を切り取った

 様子の掴めない私は、戸口で躊躇する。するとシーマがふたたび顔を覗かせて、意味ありげな笑みを浮かべたあと、誘うように小屋の中に姿を消した。

 私がおずおずと小屋の中を覗くと、そこには豪華なヨーロッパ調の重厚なソファにセンターテーブル、際にはそれと同じ形の飾り棚と本箱が整然と配されてある。天井からは豪華としか表現できないシャンデリアが重そうに吊るされ、床は分厚いペルシャ絨毯が敷き詰められてあった。

 外観とはまるで違った空間に愕きの表情を隠すことなく、入り口に呆然と佇んだ。さらに愕いたのは、あの夜道端に横たわって、救急車で搬送された自殺男が、ソファに坐ってのんびりと煙草を喫っている姿があったことだ。どうして男がここにいるのか不思議でならなかった。

 ところが、私は自殺男と顔を見合わせると、まるで昔からの知人であったように、手を差し伸べながら近づいて行く。男は煙草を灰皿で揉み消すと、立ち上がって両手を出してきた。

 ひと言、ふた言何やら言葉を交わすと、私はふと部屋中を何かをさがすように首を巡らせる。部屋の中にさっきまでいたあの風船男の姿が見あたらないのだ。怪訝な顔をしていたとき、自殺男が言った。

「シーマはここにはいないよ。いま隣の部屋で大事な用をしているところだから、しばらくしたら戻ってくる。それまで酒でも飲んでゆっくりとしてたらいい」

 私は自殺男に直接訊ねたいことがあったはずなのに、目の前にして私はなぜか昔話に花を咲かせようとしている。

 男は飾り棚からスコッチの瓶を取り出し、反対の手にグラスを持つと、テーブルの中央に音を立てて置いた。部屋の隅にあった冷蔵庫から氷をアイスペールに移すと、それも目の前に並べて置いた。

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