第7話
3
ここ二、三日躰が微熱を含んでいるようですっきりとしない。しかし、こういうときに限って仕事が集中する。佐々木は早々に退社して行った。子供の誕生日だと言っていた。
仕事のキリがついたし、腹も減ってきたから帰ろうと思い、パソコンの右下の時計を見ると、20:32を表示していた。まだ他にふたりほど残って、熱心にパソコンのキーボードを叩いている。
私はふたりに声をかけてオフィスを出た。外は背広の上着を着ても気にならない季節になっている。背広の襟を気にしながら何となくビルを振り仰いで見る。あの日のことを思い出したわけではない。ビルはまだ六階と七階に電気が煌々と灯っていた。
この時間ならひと潮引いたころだろうと思い、佐々木とよく行く安居酒屋を覗いて見ることにした。
案の定、客は半分ほどしか入ってなかった。どの客の前にも、食べ散らかした皿が置き場所のないほど並んでいる。私はカウンターのいちばん端の席に重そうに坐る。
揚げ物は食べたくなかったので、生ビールとアジの叩きと枝豆を注文する。
泡の盛り上がったジョッキに口をつける。肝心のビールがなかなか口の中に入ってこない。思い切ってジョッキを傾けたとき、口の横からビールがこぼれた。慌てておしぼりでそこらじゅうを拭く。ビールは最初の一杯が旨いというが、いまはそれどころじゃなかった。
アジの叩きに箸をつける。適度に乗っている脂と、刻んだ大葉の兼ね合いが絶妙だった。枝豆を摘みながら次に注文するメニューをさがす。すぐに決まった。焼き鳥の盛り合わせ、それも塩味のやつだ。
咽喉が渇いていたせいか、たちまち一杯目の生ビールがなくなった。どうしようか考える。熱燗に気持が傾いている。煙草を咥えながら真剣に悩んだ結果、大きな声で店主に熱燗の二合を頼んだ。
久しぶりの熱燗に思わずむせ返る。あちこちで客が腰を上げはじめ、店は段々と静かになりはじめた。
一合ほど飲んだとき、焼き鳥が出てきた。カウンター越しに皿を受け取ると、真っ先にレバーの串を手にする。冷凍物を使わないこの店のレバーは、軟らかくて口の中でとろける。これが食べたくてこの店に足をはこぶようなものだ。
店に入ったときは躰のことが気になっていたが、ガソリンが入ってエンジンがかかりはじめたからか、いきおいピッチが上がってきた。
手が空いてきた店主が笑顔で声をかけてくる。話題は仕事のことからはじまり、政治の話に移り、それからは最近起きた一家殺害の凄惨な事件に及んだ。
話に気を取られて、気がつくと徳利があいていた。徳利を持ち上げて見せると、店主は心得ていて、すぐに熱燗の用意をはじめた。ついでに大皿料理の茄子の煮びたしを頼んだ。
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