第6話

「まさか。おまえ悪酔いをして、見てもいないものを見たと錯覚してるんじゃないのか?」

 佐々木は、そんな馬鹿げた話に耳を傾けたくないといった態で、ビールを手酌する。

「違うんだって、そういうことは、俺の話を最後まで聞いてから言えよ」

 高野は、真面目に話しているのに透かされたと思い、語気を強めた。

「わかった、聞くよ。聞くからそんな顔すんなよ」

 佐々木は宥めるように言った。

 どうやって話したら信じてもらえるか考えた末、私は虚飾することなく見たままを話すことにした。

 グラスに残っているビールを飲み干してから、人が地面に打ちあたったときの音や歩道に流れ出した夥しい血液のことを話し、震える指で携帯のボタンを押したことも聞かせた。

 はじめ半信半疑で聞いていた佐々木だったが、細かい描写を重ねていくうちに、興味が湧いてきたのか、グラスを手にしたまま半身を向けて聞き耳を立てた。

「すげえな、その目撃談。そんなの滅多にお目にかかれるもんじゃないもんな」

 佐々木は、格好の酒の肴を目の前にしたかのように生き生きしはじめた。

「やめろよ、そんな言い方するの。おまえを見てると愉しんでるように見えてしかたない」

「いや、そんなことはない。でも、俺はいつも通り二種類の朝刊に目を通したが、そんな記事はひとつも載ってなかったぜ」

 佐々木は急に声の調子を低くして言った。

「そうなんだ。俺も気になって朝いちばんで新聞を拡げたんだけど、どこにも載ってなかった。だから、あの投身者の生死がまったくわからない」

「ちょっと待ってくれ。おまえは投身と決めつけているようだけど、誰かに突き落とされたとは考えられないか?」

「いや、まずそれはないと思う。というのは、もし誰かと争っていたとしたら、大きな声がしただろうし、男が靴を履いていなかったところからして、自殺であると推理した」

「なるほど……」

「そのへんも確かめたかったから新聞記事をさがしたけど、残念なことに掲載がなかった。まあ、自殺、他殺は別として、あの人にはわるいけど、俺の勘では、やはりだめだったんじゃないかと……」

「死んだと――?」

「ああ」

 私はカウンターに額がつくくらい項垂れた。

「これを言うと、またおまえは怒るかもしれんが、おまえを見てると、身内――それもすごく近い親族が亡くなったみたいに深刻な表情をしてるぞ」

 佐々木が親身になって言ってくれているのがよくわかった。

「そうか。確かにおまえの言う通りかもしれない。というのは、事情聴取を受けてから、どういうわけかあの男のことがひどく気になりだしてな、アパートに戻ってもずっと考えてた」

「まあ、それもいいけど、ほどほどにしとけよな」

「わかった」

 佐々木には私の胸に突き刺さった衝撃を理解することはできないだろう。でも、実際にこの眼に焼付いてしまった凄惨な光景を、テーブルの上を片づけるみたいに、あっさりと払拭することはできない。

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