第3話

 素性を素直に口にすると、今度は横たわった男を発見したときのことを訊きはじめた。

「発見したのは、何時ごろでした?」

「えーと、あれは、十二時半ころだったと思います」

「間違いないですね?」

 警察官の宿命なのか、念を押すことを何とも思っていない。念を押されるということは、疑われているということなのだ。

「はい。飲み屋を出たのが確か十二時十五分だったから間違いないです」

「えらく正確ですね?」

「ええ、スナックを出るときにママと一緒に時計を見ましたからね。何だったら店のママに訊いてみてください」

 ちょっとムッとした口調で言った。

「いえ、それには及びません。それより、搬送された男を発見したときの前後に、誰かが付近を通ったということはありませんでしたか」

「ああ、そういえば、道路を渡ってこちら側の歩道に来たとき、自転車に乗ったおっさんがゆっくりと南のほうへ走って行きました」

 いい加減開放して欲しくなった。ちょっと苛ついている。煙草が喫いたい。

「それは、大きな音を聞いたと聞きましたが、その前ですか、あとですか?」

「前です」

「そうですか」

 警察官は少しがっかりした素振りを見せた。

「あのう……これってまだ時間がかかりそうですか? 煙草が喫いたくてしかたないんですけど」

 我慢しきれなくて、思い切って言った。

「すいません、もうすぐ終わりますから、少しだけ辛抱してください」

 警察官はそう言ったが、結局開放されたのは三十分してからだった。遅くなったので家まで送ると言ってくれたが、煙草が喫いたかったため丁重に断わった。

 車から出たときには、すっかり酔いが醒めてしまっていた。夜気が先ほどよりさらに冷え込んでいる。心なしか街の明かりも数が減ったように思えた。

 アパートとは反対の、駅のほうに歩き出した。コンビニに向かって歩いている。あのふたりの警察官は、現場を離れることなく、その場で駅に向かう私の背中から目を話さないに違いない。

 駅近くのローソンでようやく煙草を手に入れ、咽喉が乾いていたので三百五十ミリ発泡酒をついでに買う。さっそく店の前に設置された吸殻入れのある場所で一服することにした。

 しかしあの男は、いまごろどうしているのだろう――なぜか無性に気になりだした。

 救急車に乗せられて行ってしまったけれど、ひょっとしてあの時点ですでに脈が停止していたのではないだろうか。

 確かあそこはテナントが入るオフィスビルのはずだ。殺人という線もなくはないが、男は靴下を履いてなかったという状況からしたら、あのビルから身を投じたに間違いない。

 だとしたら、男の投身した理由というのは何だろう? 前にテレビで、女という生き物は、責任をとるために自分の生命を代償としない。その反対に男は往々にして平気で自分の命を犠牲にする、と言っていたのを聞いたことがある。ひょっとして、あの男も果たせなかった責任をとるつもりであんなことをしたのだろうか。もしそうだとしたら、何もそこまでしなくても、もっと他に解決方法があったはずだろうに――。

 そんなことを考えながら、結局新しく買ったマイルドセブンを二本喫ってから、ようやくアパートに帰った。

(明日から煙草をやめよう!!)

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